14、細やかなご乱心
「ハルナ、服だ!服を買おう!」
力強くウィンがハルナに言った。
なぜそうなってしまったかと言えば、原因は少し前の出来事に遡る。
ハルナとウィンが二人で廊下を歩いていると、高そうなドレスを身に纏った年若い女性の数人組が声を掛けて来た。
「あなたがハルナかしら?」
「ええ、私がハルナですけど……」
ハルナの言葉を聞くか聞き終わらないかの内に、その内の一人が「まぁぁ、何て事!!」と言いながら額に手を当ててよろける。
その様は妙に芝居掛かっていてちょっと面白いなとハルナは思った。
「これが!?よりによってこんなのに!アルバート様がお相手をしているなんて!」
彼女の指す『これ』は文脈から察するにハルナの事だろう。
見ず知らずの人から『これ』呼ばわりされるのはあまりいい気分では無いが、引き合いに出されているのがアルの名前だったので、ハルナはああそういう事かと思い至った。
ケイト(・・・)から剣を教わる様になってからこういった当て擦りを言われたのは一度や二度ではない。
その殆どが、『顔の造りは素晴らしいアルさん』の『信者のかたがた』だった。
ハルナとしては『アルの相手』と言われるのは甚だ不本意ではある。
ハルナが剣を習っているのは間違い無くケイトなのだが、そこにアルが居る為に、普段アルの元へ手習いと称して現れている、所謂彼のファン層なお嬢さんや淑女のかたがたの不興を買っている様なのだ。
大方はアルが手習いの指導を断る理由にハルナを使っている所為でもあるので、とんだとばっちりだとも、気持ちは理解出来なくも無いとも、何とも言い難くはある。
因みに、彼女たちの中には将来有望だと思われるケイトのファンも若干名含まれていると最近知ったので、そこは間違い無く、申し訳ないとハルナは思っていた。
「あなた、自分がアルバート様に釣り合うと勘違いしているのでは無くって!」
(特にしてません)
「あなたのみたいな年増が一体どんな手を使ってアルバート様を懐柔したのよ!」
(あの人、食べ物……特に春巻きもどきで割とあっさり釣れます……って言うかしれっと年増って言ったわねお嬢さん)
お嬢さんがたが次々に口撃して来るのを、ハルナは黙ってやり過ごした。
人数も多いので、この手合いに何か言って長引くのも面倒だと思ったからだ。
けれど、ハルナの隣。ウィンはそうは行かなかった。
「というかさぁ、そういう事言ってる君たちがどれ程のもんなんだってかんじだよね〜」
ご丁寧に鼻で笑ってまで見せたウィンに対して、当然ながらお嬢さんたちは憤慨した。
「何ですって!あなたこそ……」
そこで初めてウィンの顔をしっかり確認したらしいお嬢さんは、その顔を凝視したまま固まってしまった。
無理も無いだろう。
常時は長めの髪やローブやらで隠れがちで気付き難いが、ウィンはそこいらの女性であればあっさりと敗北を認めてしまわざるを得ない綺麗な顔立ちをしている。
「う……あ……」
「なに?」
しかし、お嬢さんたちも負けたままではいなかった。
ちょっと離れた位置にいた一人が、何とか反撃を試みる。
「あなたこそっ……そんな服着てる癖にっ!」
「そ……そうよっ!身なりに気を使えないなんて程度が知れるというものだわ!!」
いつの間にか口撃対象がウィンに刷り変わっている事に気付いていないのと、最早相手の格好で何とか攻めて行こうとしているのはご愛嬌だろう。
それを聞いて、ウィンは「ふぅん」と言った。
「一応これ魔法省に支給されてるものなんだけど〜……それでも身なりがどうのこうの言うんだ〜……へぇ〜……」
「そ、そうよっ……そんな真っ黒なの!」
「そっか〜…………じゃあさ、服を変えれば問題無い訳だ!」
そして、ウィンはニヤリと笑い、件の言葉を言い放ったのだ。
「……でさ、ハルナは何色がいい?おれとしては緑色とかオススメなんだけど!」
「青だろう」
「案外明るい色も良いと思いますよ。水色なんていかがですか?」
「いや……黒で」
ハルナが言うと、異口同音に「えー」という抗議が上がった。
どうしてこうなった……と、ハルナは思う。
「服を買う」の宣言通りウィンは行動を起こした。
と言っても、服飾店にお買い物という訳では無く、部屋に職人を呼んで、採寸して生地を選び……と、大変仰々しい買い物のやり方だ。
その上、いつの間にやらアルを伴いケイトまで現れて、ああでもないこうでもないと意見し始めている。
「黒だめって言われてたんだからさぁ〜、黒以外で選ぼうよ〜……緑行こうよ、緑〜」
「既に私ウィンからもらった緑の首飾りしてるんだし、それで髪も目も緑のウィンの横に並んだら緑だらけよ?」
「よく言った!という事でお前の着る色は青だな!」
「そういう事は言ってない……」
「うー……じゃあおれが黒着る」
「そういう事でも無い……」
そもそも、お嬢さんがたと服装について討論したのはウィンであってハルナではないので、ハルナの衣装まで作る必要は無いと思われた。
作ったところで、そんな立派な衣装お嬢さんがたの件以外で着る機会も場所も無い。
ハルナの意見に、ケイトは「う〜ん」と、考える仕草をしながら言った。
「でも、実際のところ、式典なんかは今みたいな魔剣士の制服でもいいですけど、その他の社交の場に出る為にはドレスはあって困らないと思いますよ?」
「……式典も社交の場も私は出る機会ないと思うわよ?」
「え?そうなんですか?だってウィンさ……」
「あ!これどう!?紺!白も入れてさ!ハルナにあうかもしれない!」
ケイトが言い切る途中の言葉を、ウィンの興奮気味な声が遮った。
「全く……」と言いながらも、ケイトは特に気にした様子も無く、言い掛けた言葉を続けたりもしなかったため、社交云々の話はここで終わりになる。
「あ、確かにその色いいですね」
「それに青系統だしな!」
アルの意見はさておき、ウィンの持ち出した布は確かに綺麗な色をしていた。
派手過ぎず、ハルナ好みでもある。
それから……。
「どっちかと言うと、ウィンに似合いそうかなぁ……」
「じゃあおれもこれで作ろっかな」
ハルナの感想にウィンはそれじゃこれでお願いね〜……と、職人へその紺色の布を手渡した。
(結局、私の分も作る事になってるのかな……まあ、いっか……)
ドレス……その上、格式張った立派なものなんて一般的な日本人のハルナがそうそう着られる機会は無いだろう。
一度しか着ずとも、めったに出来ない貴重な経験をさせてもらえたと思えばいいかと結論付ける。
(そう考えると少し楽しみかも)
平凡な顔の自分が着ればドレスが浮くだろうな……とは、解っているが、ハルナは考えない事にした。
後日仕上がった服を着て、ハルナはウィンと魔法省へ出勤した。
揃いの生地が何気にペアルックっぽくて、注目されて居るのも相まって気恥ずかしい。
ドラグナーの仕事部屋に出向いた折りは、彼から何とも言えないという無言の視線を向けられて、ハルナは居たたまれなくなった。
ウィンはと言えば、事の発端であるお嬢さんがたを見つけるなり、近寄って行き、どうだとばかりにその姿を見せ付けていた。
元より顔の造作が良すぎる程なので、それがしっかりとした格好をしていればお嬢さんがたが何か意見出来る筈もない。
勝ち誇ったウィンが、「やったよ、ハルナ!」と言いながら誉めて欲しそうにハルナの周りをうろうろして来たので、取り敢えず頭を撫でておいた。
この件で、ハルナは、魔法省以外のお嬢さんや淑女の方々から、より妬みの視線を受ける様になり。ウィンは、魔法省の人々から、暫く陰で「猊下のご乱心」と言われる事になったのだった。




