10、廃棄王子
「アルさん。彼女がハルナさんですよ……ウィンさんのところの」
「ウィン……ああ、異界の女か」
何者だろうかと疑問を抱いていた相手から、突然何者かと問われ呆気にとられているハルナを余所に、ケイトは銀髪の男へ軽い説明を返していた。
銀髪の男はその説明を受けると、「成る程、そういう事か。……通りで」と、一人で納得し完結してしまっている。
すっかり置いて行かれるハルナ。
そのハルナに説明してくれたのも、やはりケイトだった。
「ハルナさん、先程もお伝えしましたが彼がアルさんです」
「ええと……?」
「後は……」
そこで、ケイトは一旦言葉を切った。
今までその姿や試合の様子で注目を集めていた男が来た訳だから当たり前だが、人々の注目がこちらに集まっている。
「場所を移しましょうか」
魔剣士二人が早退を申し出て許可を取ってから、ハルナたちは草木の植えられた中庭へと移動した。
ハルナの作った料理の残り物を広げて、何故か簡易のピクニックをしている風になっている。
「俺はもう用が済んだ」
そう言いながら銀髪のアルさんは、自分の前に食べ物をキープして食べ始める。
(だったらどうして、この人付いて来たのかしら……)
と、失礼ながらハルナは思った。
ハルナの疑問は、ケイトだけでも解決してくれそうだ。
特別彼が居る必要はない気がする。
加えて、彼は、あの時の王様と同じ顔なので、横柄な態度を取られると腹立ちを抑えられない。
取り敢えず、銀髪のアルさんが口にしようとしていた春巻きもどきを横からかっさらって食べてやる事で、ハルナは自分の中のムカつきを静めてケイトに向き合った。
「おい!」と、抗議する銀髪のアルさんはしっかり無視する。
「それで、ケイト。さっきの話なんだけど……」
「ええ、アルさんが国王陛下と親戚かどうか……でしたね」
「アルバート・ハインツベルク」
ケイトの言葉を遮って、銀髪のアルさんがそう言った。
「アルバート・ハインツベルク……?」
「とうに棄てた俺の名だ」
「……と、言いますと?」
恐らく彼のフルネームなのだろう。……が、フルネームを聞いたところでハルナには何も思い至る材料がない。
それに、その名前を棄てたというのはどういう事だろうか……?
「ハインツベルクと言うのはこの国の名前ですよ。同時に王族の名でもあります」
理解出来ないという顔をしていたハルナに、ケイトが助け船を出してくれた。
その説明に、銀髪のアルさんはそんな事も知らないのかという顔でハルナを見てくる。
常にハルナの近くに居るウィンは、そういう事を率先して教えてくれないタイプだし、知らない事は訊く事も出来ないのだから仕方ないと思う。
なのでハルナは、銀髪のアルさんの前から、ひょいひょいと料理を取り上げて、ケイトと自分の前に移動させた。
ケイトは「ありがとうございます」と言い、銀髪のアルさんが悔しそうな顔をしたので、ハルナは少しすっとした。
「……つまりあなたは王様と血の繋がった王子様って認識で間違い無いのかしら?それを棄てたって事は『元』王子様で今は違うって事よね?」
「ああ」
「成る程ねぇ……」
身内であるなら通りで腹が立つほど似ている訳だ。
腹が立つ事に関してはここ数回のやり取りで、別の要因も見つかった訳だけれど……。
「ところで、こういうのってあっさり言ってしまっていいものなの?」
ふと疑問に思った事をハルナは訊ねた。
王族の除籍……と言うと、お家騒動的なきな臭いイメージがある。
こんな風にピクニック感覚で話題にして良いものでは、通常無い気がする。
「問題ありませんよ」
あっさりとケイトは言った。
「騒々しくなりそうだったのでこうして場所を移しましたが、皆さん周知の事実ですから話しても特に支障はありません」
「俺が偶々王族だったってだけで、属性反発のせいで家を出る……なんていうのはよくある事だからな」
「属性反発……?」
ハルナは説明を求めて静かにケイトを見た。
銀髪のアルさんの言葉足らずはもう本人には問うまい。
「アルさんはところどころハルナさんに不親切ですよね」
そんなハルナの心の声が届いたのか、ケイトはため息を吐くとそう言って苦笑した。
「属性反発と言うのはですね……」
属性反発というのは、魔力の属性同士に起きる反発作用の事だという。
魔力の6属性はそれぞれに相反する魔力が存在する。
光と闇、火と水、風と土、これらの属性はお互いに相性が悪く、それぞれを打ち消し合ってしまうのだそうだ。
その力同士の相性と、元王子が家出した件と何の関係が?と思ったら、そこにはまだ続きがあった。
「これが力そのもの同士の相性だけだったら特に問題はなかったんですけどね……」
問題はこの世界の人たちが全て魔力を内包している……というところにあるらしい。
「魔力というのは大別すると二つのものがあるんですが……」
体の中に魔力を作り、貯蔵する内包魔力。
それから、練った魔力を体外に放つ、放出魔力。
先ずは内包魔力。
これは内に宿る魔力の事で、この世界の人間が全て持つ魔力はこれらしい。
次に放出魔力。
こちらは内包している魔力を外に放ち、利用出来る力で、この放出魔力量が多く、強い者が魔術師や魔法師になる。
「この二つの内で、内包魔力量が異常に多い人同士で属性の反発が起きてしまうんですよ。例えば……」
「家族と居ると、非常に気分が悪い」
そこで銀髪のアルさんが口を挟んだ。
いつの間にか料理の中から春巻きもどきだけを抜きとって確保している。
……気に入ったのか?
「ええと……要するに魔力の反発が人間同士の心証に影響する……って事よね?」
「これがなかなかどうして馬鹿にも出来ないんですよ……古くは国同士の争いの原因になっている例もありますから……」
魔力の影響と頭で解っていてもどうにもならない事もあるらしい。
銀髪のアルさんの場合、本人は邪気とまでは行かないがかなり大きな闇の内包魔力を持って生まれてしまって来た。
対し、この国の王族は光の魔力持ちである事が多く、彼の家族……父親や、兄弟はこの例に漏れなかったという。
家族側の方には心に影響を受ける程の内包魔力が無かったため、普通に銀髪のアルさんと接していたのだが、彼側の方はそうは行かなかった。
そして、廃籍を願い出て今に至る……と、そういう訳らしい。
「接触をなるべく避ける……とかでは駄目だったのかしら?」
「家族と思い、近くに居ればどうしても構いたくなるのが心情なんだろう。父はそうでも無かったが、お人好しの兄や甘えたがりの弟はそうは行かなかった」
それに加えて、この事情なので、王族としての公務すら儘ならなかったという。
だから、名実共に居ないものとして遠くに押しやってもらおうと考え、銀髪のアルさんは廃籍を願い出た。序でに遠く他国まで行く事も願ったが、そちらは待ったが掛かってしまった様だ。
「でも、魔法省に居たら同じ問題が起きそうなものよね?魔法省って魔力の強い人たちが集まっているんでしょう?」
「放出魔力を持っている魔術師や魔法師のかたは魔法や術でそれを軽減する事が可能なんですよ」
魔術師や魔法師ではなく魔法省所属になっている者、魔剣士の人たちもそれが理由で魔法省に居るらしい。
「一応装具なんかでも多少抑える事は出来ますが、術者が居るところの方が都合はいいですからね」
そう言われて銀髪のアルさんを良く見て見ればピアスやら幾つかの装飾品を着けていた。
この辺りが反発避けの装具なのかも知れない。
思い返せば、ハルナが知り合った他の魔剣士の人たちも何かしらの装飾品を着けていた。
しかし、魔剣士と言えばケイトもそうだ。が、彼は何も装身具の類いを着けている様には見えない。
「僕の場合はまたちょっと魔法省に所属している事情が違いまして……僕は僕自身の中に水と火という反発する2属性の魔力を持ってしまってるんですよ」
「それって……大丈夫なの?」
「まぁ、万事問題無くとは行きませんが……お陰で他の人との反発は起きないんでそこは便利ですね。アルさんを見ている限りは」
そう言いながらケイトは笑った。
銀髪のアルさんはそれには何も言わずに春巻きもどきをかじっていた。
……が、春巻きもどきを食べ終えたところでハルナを見て言った。
「ハルナと言ったか……お前、俺と所帯を持たないか?」




