ファナとランクル
改稿済
「ランクル、近頃ひとりぼっちでごめんなー」
俺は日課になりつつあるファナの育ての祖父への墓参りをしてから、瓦礫の山が取り除かれた黒の楽園の芝生にやって来た。
このところ、ティータは忙しい。
友好国文書の作成だとかサインだとか、俺には分からないことだらけで、俺のやれることといったら、墓参りとシャルルの見舞いくらいだ。
だが、シャルルの様子が少し変で、シャルルの部屋から出てきた俺を見るテオの様子も変で、なんとしたもんやらと思っている。
「悪いなあ、ランクル。なんだか女王になるんだってよ。お前にも苦労をかけるよ。身体拭いてやるよ」
ランクルが慰めるように、車体を揺する。
黒の楽園は崩壊し、地下大聖堂に続く門と芝生だけの場所で、俺とランクルは現実世界から取り残されていた。
「俺はさあ…石の館はあまり好きじゃないなあ。日本人はやっぱり木の家だよなあ、木。あ、次はランクルだなあ…。警察入って食うために働いていて、ランドクルーザーなんてすっげえ車に出会えて…本当に幸せだったんだぜ」
テオの屋敷はとても綺麗で、布もたくさん使ってあって…でも居心地が悪いってのは、俺のわがままか?
少し疲れる気がした。
ランクルが心配そうにライトを点滅させて、俺を気遣ってくれる。
「ありがとうな…。あ、ランクルになにかお詫びをしなきゃなあって…ほら、お…お漏らしだ。そうだ、あれだ!」
ランクルに背中でもたれ掛かっていた俺が驚くくらい、ランクルが車体を横に揺さぶり、急に後方ハッチバッグかバカッと開いた。
「ランクル?」
後部座席がフラットになりふわふわのシートに変化し、シートもちくちくしないまるで虫の糸と同じなめらかさで、俺は布ブーツを脱ぐとよじ登って座る。
「一緒にいたいのか?」
ランクルが縦に揺れて、俺は中に寝転がった。
「寂しかったのか…。じゃあ、今日はティータと一緒にここで寝ようか」
ファナの言葉にランクルが縦にバウンドを繰り返し、俺はランクルが本当に寂しかったんだと思う。
「どーして…わざわざ、ランクルの中なのよ…」
死体の重吾を横たえてから、寝るために二人でポンチョを脱ぐと、ランクルに転がった。
小刻みにランクルのシートが振動しているのに不思議さを覚えたが、俺はだらしなく寝転がり、ティータが横に来るしで、虫絹の掛布を足元から引き寄せる。
「あ、ファナ様、文書にサイン」
思い出したように紙を出され、俺に見せた。
「何のだ?」
「友好文書ですって。だってファナ様は『女王』でしょ?だから、連名。文字書ける?」
「俺、こっちの文字書けない…」
相変わらず『楔がた文字』みたいな文字の羅列に俺はうんざりし、下半身にぞわりと上がってくる感覚に、
「うを!」
と、思わず腰を引いた。
かたかたと振動がして…俺の手を取りサインをさせてくれているティータがイライラとしている。
ランクルにはいつも世話になっているし、たまには一緒にいないと拗ねてしまう。
辺境からずっと一緒だったランクルは、意思を持つ生きた鉄なのだ。
「なんだか…ランクルが嬉しそうだな」
軽い振動を感じていた俺呟くとずっと俺の手を支えていたティータが不快そうに呟いた。
「ランクル、ごそごそ、うるさいわ。お触りしないでくれる?」
ランクルのお触りが、ぴたりと止まる。
「あなた、本当にお馬鹿さんね。厳しく接するのも主の役目だわ。それとも生きた鉄に全身お触りされるのかが趣味なの?」
「趣味じゃねえよ…」
程よい涼しさと柔らかさの車内、欠けることのない月の光と全裸少女。
日本では…完全に職務質問受けるやつだな…。
俺は目を閉じた。