銀の聖騎士8
俺は早朝の地下通路を大聖堂に向かって、ゆっくりと歩く。
銀の聖騎士が意識を失って四日目。
俺は頼まれた手紙をどうするべきか、考えあぐねている。
薄明かりは光苔を壁に貼り付けた見事な仕組みで、俺はその恩恵を感じながら歩いていたが、ファナの身体は夜目の利くようで充分な灯りだった。
大聖堂はひやりと涼しく、微かに血糊の香りがしている。
外の瓦礫の様を見れば黒の騎士団が最後の砦としていかに守ろうとしていたか分かり、俺は開いたままの石棺を覗き込んだ。
日下博士は静かに眠っている。
白い虫絹で織り成す布…絹…シルクに酷似した布にくるまれた日下博士の傷は見ることができないが、隣に設えられた石棺には、山口というグランツが眠り、シャルルの屋敷の使用人が清め傷すらも分からないようにされていた。
壊れた扉からは光が射し込みランクルのボディーが見え、瓦礫の血飛沫から惨劇の凄まじさを知ることができる。
そろそろ死体の重吾をおろしてやるべきだな…と考えているところだが、瓦礫を運んでやった方がいいかもしれない。
「ひでえな…」
「全くだ。黒のリムは数が少ない上、全部持っていかれた」
地下通路から声がして、俺は振り返った。
「ええと…テオ様…」
「テオでいいよ、ファナ・ティア・モルト」
「じゃあ、俺も………ファナって呼んでくれよ」
テオは真新しい黒のフードローブを着ていて、俺は目を見開く。
昨日まですっぽんぽんだったはずだ…黒のリムも刻印の契約がないとコートはもらえない…のに。
「やっと…シャルルと真の契約を交わしたんだ。シャルルはほんっと~に強情で、契約をさせるのに時間がかかって、かかって…。これで俺はシャルルを守ることができる」
喜びを噛み締めるようにして語るテオに、俺は尋ねた。
「シャルル様、目覚めたのか?契約って、あれだ、胸のリムにキスをすることだろう?」
テオが呆れるように、
「シャルルでいい。それは真の契約だ…お前もリムなら知っているだろう。リムは胸の接吻を、唯一無二のマスターとする。主が死ねば、リムも死ぬ。だから、シャルルは嫌がったんだ」
と告げ、俺は「えー…」と呆然とする。
「リムとマスターの契約を見たことがあるだろう?普通は指先でリムの刻印を触れる。でも、俺はそんなのは絶対に認められなかった。シャルルの全てがほしかったから…少しばかり無茶を…」
「どうしたんだ?」
年下なのにいやに貫禄のある黒のリムが、ふっ…と笑った。
「快楽は…時には残酷な責め苦になる…だろう?。まあ、愛するものの役目として…」
意味深の笑いに沈黙した俺は、
「お気の毒に」
としか言えず、ポンチョポケットから手紙を取り出してテオに手渡す。
「白の楽園からの書状だ。グランツはいないし、正直、シャルルかテオしかいないじゃん?」
「ふうん…お前、性格が変わったのか?意外と軽いな…」
「まあ…色々とあってな。で、読めるか?」
「グランツの言葉か…待て…」
辺境の…いや、日本語で書かれている手紙を読んでいるらしいテオが、何度も頷きファナに手紙を寄越した。
「残念ながら黒の楽園は既に崩壊した。父ジュリアスとグランツが眠る大聖堂は辛うじて残ったが」
一旦言葉を切ったテオが、俺を見上げる。
赤い髪と緑の瞳はここいら東では珍しくないらしいが、真っ白な肌に映える美しい表情は艶やかだ。
リムは造形が美しいというのは本当だったんだなあ…とファナの顔を見ても思うもんな。
「手紙にあるように、かつての盟約を果たそう。我らの領地の端にあるアギト川源流の風穴一帯を、グランディア王国としてファナ女王に渡そう。我が領地は亡き父ジュリアスの名を取りジュリアス王国とし、グランディア王国と友好関係を結ぶ」
「は…へ?」
「ガーランド王国の侵略にあった我が国は、友好国グランディア王国に助けられた…そんな美談でどうだ?エバグリーンの手紙にはそうなっているようだが?」
「え、うそぉ!」
俺は突然降って沸いた『王国』に対して、すっとんきょうな声を上げる。
日下博士がファナに話していたリムと辺境人の国『グランディア王国女王』が、急に現実味を帯びてきたのだ。