銀の聖騎士7
改稿済
「どうして…」
「あ?だって、大聖堂に入った時、君は視線を奥に移した。しかも空気の動きがあるし…」
まだ幼い粋から出ていないリムはひょうひょうと答え、シャルルはさらに驚いた。
「俺の…視線を…?」
金髪がさらさらとフードからこぼれるリムが頷きシャルルは、意外さに目を見開く。
「白のリム…名前は?リムコートを羽織っているのならばマスターがいるはずだ」
「俺は…………ファナ。主は重吾という」
「変わった名前だな?」
「まあな、辺境人だし」
「やはりファナか…。ずいぶんと雰囲気が違うが、俺を覚えていない…のか?」
シャルルが言うとファナ無言でついてくるテオがびくりと顔を上げたのが気になったが、寒気と震えが止まらず薄暗い地下通路を通り越えると、使用人がわっ…と出てきて、シャルルは自室の寝台に横たえられた。
「早く銀甲冑を脱がせてください。治療をします」
屋敷のお抱え女医師が、ジューゴたちに頭を下げている。
「ファナ様、これ」
バスケットを持ったリムがファナに何やら手渡していて、
「白の楽園から渡された何種類かの毒消しだ。あんたの見立てで使ってくれないか?」
と告げた。
「毒………?シャルル様っ!……すみません、治療を始めますので」
そこからしばらくの記憶が飛んでいた。
シャルルが目を覚ましたときには寝台にすがり付くようにテオがうつ伏せ、シャルルは包帯を肩と腹に巻かれた裸体で寝かされていて、テオが触れてもいいように虫の糸の滑らかな布が掛けられている。
テオの首にも包帯が巻かれていて、月明かりに眠り込むテオを起こすのも躊躇われたが、心配になり
「大丈夫か…テオ」
と、声を掛けてしまった。
テオがひく…と頭を上げ、泣き寝入りしたような酷い顔でシャルルを見上げていて、シャルルは笑ってしまう。
「シャルルっ…起きたのか」
テオがシャルルの唇に唇を近づけ、まるで呼吸を確認するように、キスをしてきた。
「苦しい…」
「シャルル…よかった…生きてる」
「当たり前だ、あれごとき傷…」
大したことはないと言いかけたシャルルの言葉に、テオが捲し立てるように言い放つ。
「毒!毒で…三日も意識がなかった…。シャルルが死んじゃうかと…思った」
「すまない…テオ」
寝台に横たわったまま、テオの背中を覆う綺麗な赤髪を撫でた。
「水…飲みたいから、誰かを…ん…っ」
水差しから水を吹くんだテオが、シャルルの唇に割り開き流し込み、シャルルは甘露の如く嚥下しそれは次第に深く甘くなっていく。
「テ…テオ…もう水はいいから…誰かを…」
シャルルはテオから逃れようと体を捩るが、テオが寝台に上がり羽交い締めにされた。
いつもなら簡単に払い除けられる手が、怠さと痛みで思うように動かない。
「もう嫌だ、置いていかれてばかり」
テオの緑の澄んだ瞳が涙で濡れいた。
「だから…力ずくで俺のものにする」
人とリムとして、区分されてしまうのが嫌だった。
父は二人の子どもを同じように扱ってくれたし、テオは裸のまま屋敷の中を自由に歩き回り、シャルルもまた黒の楽園でクサカに学んだ。
シャルルは双子のような二人の関係が、これにより崩れるのが嫌だった。
だから、絶対に『リム』と『マスター』にはなりたくなかった…いつも対等でいたいと思うのに…。
「俺は…嫌だ」
テオがシャルルの掛布を剥ぐと、泣きそうな顔でしかし意思を感じる声で呟く。
「駄目だ、シャルル」
今の形が一番だとシャルルは思うが、テオは違う世界を求めていた。
真剣な表情と強い意思にシャルルは怯え、寝台をずり上がろうとするがテオがそれを許さない。
「あっ…テオ…痛…っ…」
包帯の巻いてある肩を掴まれ悲鳴を上げた瞬間、シャルルはテオに組み伏せられた。
「こんなやり方は卑怯だ!テオ、嫌だ…誰かっ…」
両腕を押さえられ、腰に乗り上げ動きを封じているテオから逃れられず、上から見下ろされるテオを睨む。
「そんな顔をしても、無駄だ。これでお前は俺のものだ」
組み伏せているテオの肘が曲がり、身体が近づいてくるのが分かって、シャルルは首をむずがる幼児なように揺らした。
一番大切だからこそ、ここまでこうしてきたのに…。
銀の聖騎士して、テオを守りたかった。
「嫌だ…嫌だ…テオっ…やめてくれっ……いやだあ…」
シャルルの悲鳴だけが、艶やかな虫の糸で織り成す白い部屋に響いた。