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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第五章 銀の聖騎士
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銀の聖騎士5

改稿済

 その後ろから歩いて来るのは、赤ん坊を抱いたまだ小さなリムだ。


「テオ!」


「シャルル!…っつ…」


 動いた瞬間短剣がテオの首を掠め、血塗れの短剣からテオの血が滴る。


「やめろっ!テオを傷つけるな!」 


 テオを縛り上げ美しい赤の髪を付かんで真っ白な首筋に一筋の傷をつけた女は、世話係として最近配属された女だ。


「あら、チロルハート、怪我を?」


 世話係の女が、チロルハートを見下ろして軽く笑う。


「マーブルラム…お前…」 


 足に包帯を巻いたチロルハートが睨み返し、マーブルラムと言われた世話係の女に叫んだ。


「聖騎士はあたしの獲物だよ!」


 チロルハートが足を引きづりながらシャルルの横に来て、シャルルの肩口までの巻き毛を鷲掴みにする。


「ぐっ…」


 肩と脇腹の傷が開いて、血が溢れだした。


「あー、はいはい。取らないよ。あたしはガーランド様の元へこのリムを差し出すだけよ。領地の長兄であるリムを捕らえることが、あたしの仕事だ」


 ガゼルが動くと周囲の空気が変わる…多分ここで一番強い男だ。


 烏合の衆に見えて統率が整っているのがこのガゼルの存在によるもので、ガゼルさえ倒せば…とシャルルは全体に目を配らすが、突破口は見つからなかった。


「ルシドラ、シャール、リムを」


 ガゼルの命令に、二人のリムが両手を広げる。


 震えながら立ち尽くしていたリムが声もなく倒れ込みそれを男たちが連れていき、それを見送ったガゼルが静かに告げた。


「私はガーランド王国遊撃騎隊長ガゼルである。領主である黒のリムのテオを捕縛した。この地は侵略され、我らガーランド王国のものとなった」


 ガゼルがただの賊ではないのは理解していたが、まさか東の領主のもとにいたことに、シャルルは唇を噛む。


 しかも…国…国思想は…クサカ先生の考えた…。


「ここに東の領主であるガーランド様を据え、ガーランド王国、属領とする」


 夕刻の涼しさを感じさせる赤い空気が、シャルルの髪を掴んでいた。


「ガーランド王国属領に、聖騎士はこの地に必要ない」 


 それはシャルルの死を意味しており、身動きもままならないシャルルは髪を掴まれた無様な様態のまま美しい顎を晒してる。


「死ね、聖騎士」 

  

「シャルル!駄目だ、嫌だ!」


 刃が首に当たっているのにテオが、シャルルの方を振り向いてさらに傷が増えていた。


「うるさい。…お前もね、あの方の支配の接吻を受けたら、こいつのことは忘れる。あ、なんなら首を斬って持っていくかい?リムみたいに綺麗だからね、シャルル様は。飾り物にしてもいい」


 シャルルはチロルハートの狂喜のはらんだ瞳が揺らめき、動けないでいるシャルルの首に細身の剣の冷たさを感じる。


「嫌だ、シャルル!俺は…シャルルのリムだ!」


 くすりと笑えた。


 テオを自分のリムにしなくてよかった。


「違うだろう…愛しい人だ」


 ああ…愛していると、シャルルは思う。


 生まれたのは、同じ日。


 数分後に生まれたシャルルに反応したリムの刻印を持った双子兄のような存在を、シャルルはずっと、愛していた。


 楽園で育ち、学び、違うのはリムの刻印くらいだ。


 シャルルもリムにならい裸体で過ごし、外では渋々服を着る生活をしていた。


 テオをリムなどと違う名前で呼びたくはない。


 互いに横にならび、二人で一緒に領地を統治するだけでよかった。


「死ね!」 


 チロルハートが首を斬ろうとした時、キィン…と風を切る音が聞こえ、シャルルの首を取ろうとするチロルハートの剣がふっ飛ぶ。


「ひっ…い…」


 飛んだ剣はマーブルラムの耳を切り裂き、テオを拘束し首に付いた刃が緩んだ。


「シャルル!」


 テオが組んだ掌を広げシャルルを絡める闇の封じ手を解いた瞬間、阿吽の呼吸でシャルルはマーブルラムの左肩から反対の胴に掛けて剣を鋭く打ち込む。


「き…さま…」


 マーブルラムの最後の言葉を聞きながら、シャルルは答えた。


「我が弱点はテオを傷つけた者に対しては…その限りではない!」


 振り斬ると、まるでパズルの破片のように刻まれた上肢が、内臓を彩りにしてど…っ…と地に落ちる。


「て…めえ!マーブルラムを…」


 チロルハートが剣を拾いに行くよりも先に、シャルルがチロルハートの傷ついて血のにじむ足を蹴り上げ、チロルハートの悲鳴を聞いた。


「チロルハート…引き際だ。嫌な気配がする。属領足り得なかったか…。まあ、いい。黒の楽園は、壊滅した」


 ガゼルが待たせていた騎馬に跨がると、皆を誘導するように顎をしゃくり上げる。


 テオを背にして、シャルルはチロルハートの罵声を聞きながら、ガゼル達が消えていくのを睨んでいた。


「シャルル、あれは…」


 夕日の中からまるで涌き出たように、見たことのない羽根の生えた鉄の四つ輪が近付いてくる。

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