銀の聖騎士1
改稿済
黒の楽園の地下大聖堂の石棺に、ゆっくりとした仕草で歩み寄り、手にしていた花束を磨き石の床に置いた。
「我が領地の隣端に住み着いた男が育てた花だ。花を咲かせるのは得意なようで、義母が喜んでいる」
低めのアルトが石造りの大聖堂に響き、灰茶の肩口までの緩く巻いた髪が、ヒヤリとした風に靡き、ヘイゼルの瞳を上げた。
「テオ、お前か」
双子のように育ったテオが、背中まである赤髪をよそがせて奥の扉から歩いてくる。
「シャルル、ここだっ…た…その出で立ち…」
「ああ、騎士団の先頭に立つ」
テオの緑の大きな瞳が歪み、シャルルの銀の甲冑を揺らした。
「どうして、お前が!」
「先の戦いで父が死んだ。俺が領主代理となった今、黒の楽園を含む領地は、俺が守らなくてはならない」
だからこそ最後の聖戦になるだろう前に、恩人に花を手向けたかったのだ。
「クサカ先生…行ってくる」
クサカの話していたことが現実となったと知った今、シャルルは少なくとも大規模なリム狩りから逃れた数名だけでも、逃がさなければならない。
「俺も行く」
「テオ、お前には役割がある。小さいリムを守るんだ」
「違う!シャルルと一緒に」
シャルルは首を横に振り、テオの裸体を抱き締めた。
抱きしめた身体はシャルルよりも細く、だが、同じ大きさ。
違うのは、リムの刻印だけだ。
「だめだ」
テオは同じ父の異母兄であり、同じ日に生まれた双子のような存在で、シャルルの母が産褥で死去したのちは、同じく育った……この楽園で。
「ここにいたのか、テオ。残ったリムは五人だ」
白服のグランツが連れてきた三人、世話役の女がまだ赤子の男児を二人を抱いて大聖堂に逃げ込んでくる。
「グランツ、これで全員だな」
シャルルの言葉にグランツが頷き、シャルルは花を持っていた手に剣を持ち返え、テオの唇に唇で触れた。
小さな薄桃の唇は柔らかく温かで、守りたいと切に思う。
「愛してる、テオ。家族だからじゃない、いつも一緒にいたお前だから」
綺麗な若葉色の瞳が、涙でしっとり濡れている。
最後ならば笑顔がよかったな…とシャルルはテオの涙を指で拭った。
「シャルル!俺のリムの刻印に触れてくれ…頼む…!」
懇願を無視したまま、テオを置いて大聖堂の扉に歩いていく。
銀の甲冑は自分自身に合わせ変化し軽くなったはずだが、ひどく重く感じられる。
「だめだ。お前にはこの子たちを守る義務がある。テオ、お前はリムだが、領主の息子だ」
「嫌だよ、シャルル、嫌だ!」
「グランツ、頼みます」
石の扉を閉めると、外で老騎士が待っていた。
「すまない、アベル」
崩れた黒い磨き石の残骸は先日の激しい戦闘の証であり、手負いの騎士はリムを失っている。
「聖騎士様、よろしいのですか?」
美しい黒い壁は無惨にも破壊され、父が誇りにしていた大聖堂への入り口のレリーフもヒビが入っていた。
「かまわん。別れはすんだ」
「では…騎士様、こちらへ」
連れていかれた場所はかつて黒の騎士団の建物の名残をもつ瓦礫の中の幕屋であり、瀕死の騎士団長が横たわっている。