楽園へようこそ8
改稿済
喧騒と歓喜…俺が起きたのはパティオのざわめきからだ。
「ん…なんだあ…」
白の楽園の漆喰で固めた城壁の中庭は、『箱庭』と呼ばれるパティオで、リムたちが自然と一体となり遊び回る。
男なら眼福なのだが、豊満なリム達の全身は色香があり、俺は男として女の子なんだけど…少々目のやり場に困った。
グランツほど老たければいざ知らず、どきどきと心拍数は跳ね上がりっぱなしだ。
「ファナ様、起きた」
ティータが俺の足元に座り、窓の外を見ている。
「賑やかだな」
「今日は二十日花の日、リムのお披露目があるわ。箱庭の神殿で。朝御飯を食べたら見る?」
「ああ…そうすっかな…」
ティータがベッドから降りると、俺も飛び降りていく。
「ファナ様は…」
「俺も見たい。腹が減った」
「わかったわ。一緒にいこ」
「さすが、ティータ」
ティータが手を出して来て、二人で手を繋いで目指すは、食べ物。
二十五歳、俺、染まってないか…やれやれである。
これではティータがファナである俺にキスをしたら理由が聞きそびれてしまう。
リムは自然だというが…どうなんだ、あれは。
ティータの様子も気にかかり、俺はやれやれと頭を掻いた。
遠くからエバグリーンの声がする。
箱庭の神殿でのお披露目の取り仕切りを、彼女はしているようだった。
軽い足取りで食堂に行くと、食事を渡されてポンチョも返ってきた。
「ファナ様、リムポンチョです」
と、差し出してくる。
「ティータ、ありがとな」
馴染んだ唯一の服を羽織り、パニーニに似た食感のパンに肉を挟んだサンドイッチを食べると、枕の下に隠してあった警察の名残をポンチョのポケットに入れた。
「ファナ様、なに、それ?」
「あ…えーと、辺境の武器、みたいな?」
とは言うものの、日本で使用していた時とは形状の異なるその姿にどう呼べばいいやら、だ。
警らトンファーは掌に収まるただのL字型の生きた鉄の塊で、小動物のように小刻みに震え、警察時代一度も撃ったことのなかった拳銃は、リボルバー部分が丸く膨らみまるで小さなマスケット銃で、いつもは眠っていて寝息が聞こえて呼吸している。
「トンファーと拳銃だ」
ティータが覗き込んで、
「ケンジュー?」
と呟いたので、
「ガンだな、ガン」
と言い換えた。
「ガンクル、ランクルとお揃いだわ。あと、トンファは、『ファ』がファナ様と同じ音ね」
クルはなぜつける?と聞きたくもなったが、子どもの遊びのような名付けに、ティータが満足そうにふんふんと頷いていて、俺は放っておくことにする。
「さて…食べたし、エバグリーンの所へ行くか…ティータ?」
ティータが食べ物と一緒に運んできたリムのポンチョコートを、俺に差し出してきた。
「モルト付きのリムは、モルトマスターからしか貰えない。ファナ様でありマスターでもあるあなたにはその権利がある」
広い額にふわりと掛かるブルネットの髪と聡明そうなアンバーの瞳が、俺を必死で見つめてくる。
多分…彼女たちのこの真摯なまでの眼差しに、俺はとてつもなく弱いのかもしれない。
「ティータ、ポンチョを」
「はい」
床に正座をしているティータの脇に手を入れて、ひょいと立たせると、頭からずぼっ…とポンチョコートを被せる。
なぜか猫耳がフードについている気がしたが、なんとなく見知った顔の誰かを思い出し、あえて平静を装った。
「これでよし、ティータのマスターになったわけだな。じゃ、ティータ、改めてお願いする」
ティータが真っ赤な顔をしてポンチョの中から、
「…あたりまえよ」
と、本当に小さく言った言葉を拾い上げ、俺は小さな手ではティータの猫耳フードを撫でる。
「うん。ティータ、よろしくな」
ティータが全身に力を入れているのがわかり、緊張しているティータに笑ってしまった。




