重吾、刻をこえて10
頭を何かが掠めた。
ぞわりとした悪寒が背中を駆け降り、顔が一気に熱くなる。
「うぉっ…つ…」
押さえようとした時には、月夜に噴き出す鮮血が目前に見え、血を見てからラビットは頭蓋骨まで貫かれたのかと思う痛みが襲った。
「ラビット様っ!血が…」
顔を引っ込めて運転席に入り込むと、
「大丈夫だ…」
とファナに呟くが、両目に大量の血が流れ込み、ラビットは必死で反対側の岸に向かう。
ちらりと後ろを見るとガゼルが弓矢を持ち、マグルがそれを後押しするように手を開いていた。
「ファナちゃん、頑張れ」
血が溢れて止まらないラビットは、ファナを水面ぎりぎりに顔を出させると、矢からよけるようにファナに言い聞かせる。
ファナが不安そうな顔をしていたが、ラビット自身この大量な出血に頭がくらむのだ。
「背中を押すから先に岸に上がるんだな」
「ラビット様は…っ!」
アギト川の流れが早いのは、昨晩からの雨のせいだ。
「大丈夫…」
なんとか岸に近づきファナを陸に下げたのを確認すると、ラビットは流れに逆らわず流されて行く。
「ラビット様っ…」
ファナはラビットを探しながら南へと必死で歩いて歩いて行くが、その周囲に先程のヒトとは別の集団に遭遇した。
「ラッキー、野良リムだ。おい、麻袋を被せろ!」
「いや…嫌です!ラビット様っ…おじいさまっ!」
ファナは抵抗らしい抵抗も出来ずに、リム狩りの男に捕らえられ、幌馬車に頭から袋をかぶせられたまま放り込まれた。
「これで四匹だ。フーパの屋敷に持って行くぞ。稼ぎ時だ」
「ファナ…可哀想に…」
このままフーパの屋敷に連れて行かれ、あの苦しみを…哀しい生き方をしてきたのか…。
俺には感じ想像もつかない。
「ファナ!」
ファナの助けを呼ぶ声が遠くなっていく、悲しい程に…。
助けたい!
お前を…哀しい運命から助けたい!
そして……。
爆発的な光が俺の意識を揺さぶり、俺の中の何かを揺さぶり叩き起こす。
それは光
それは光
それは光
温かな温もりが指先に、俺はそれを手繰り寄せ、しっかりと掴んだ。
柔らかな感触に目を開くと、光を纏うファナが風におでこをさらしてファナの肉体を纏う俺を笑顔で見つめている。
俺は涙が出そうになり、助けられなかったファナを抱き締めた。
「私の力を…使って下さい」
俺の耳元でささやくと光のファナが、俺の胸のリムの刻印ににファナの小さな唇をそっと寄せた。
リムは点滅を繰り返し、俺の身体の中には光が爆発するように入り込む。
「風よ、来い!」
と両手を開いてから握り寄せた。
「お…わっ!」
下から巻き上げる突風は俺を一気に上空へ踊り上げ、ランクルをも吹き上げる。
「ランクルっ!」
ランクルが唸りを上げてばかっ…と扉を開き、俺は死体の重吾を脇に引っ張り抱えて、横倒しになっているランクルの中に飛び込んだ。
「ランクル、大丈夫か!」
ランクルが甘えるように身体を揺さぶり、俺はハンドルをしっかりと握る。
状況は…まだ好転したわけではないんだ。