重吾、刻をこえて9
「最悪だろう…おい」
見回りに出ていて田ラビットは老人をそのままに周囲を走り、、結構近いところでファナが女に捕まり、包帯だらけの黒いリムがファナの着ていた服を剥ぎ取っていた。
「ガゼルの子飼いの女だな…そのリムか…」
真っ白な肌にそばかすが薄く浮く美貌の横顔が苦悩か何かに歪み、ファナの前髪を掴んでいる。
「その子の手を離してくれないか」
土を踏みしめ、ラビットはゆったりとした仕草でファナを囲む場所に近づくと、馬車の中からの視線に一瞬目配せをするが、柔らかい冴え冴えとした美貌から得も知れぬ悪寒が走り、下を向きつつやや足早になる。
なんだ…誰かに…似ている…嫌な気配だ…ラビットは思いを巡らせる。
「その子は、甥っ子の嫁さんになるんだな」
突然現れた侵入者のラビットは、騎士団の服を着ていない。
市民の安そうな服を着ているが、剣を背中から掛けているラビットに容赦をしてくれるような女ではなく、ファナに歩み寄ったラビットにレイピアで斬りかかる。
「リム狩りの邪魔をすんなっ!あたしのには刃もあるんだよっ!」
ラビットは
「では…まかり通る」
と叫んで膝を落としながら、ファナの脇の下を抱えると飛び上がり、降り下ろされた刃を左腕に受けた。
ガッ…と鈍い音がして、ラビットの手の中には背中から素早く抜き取った大降りの剣があり、レイピアを綺麗にへし折る。
「あたしのレイピアがっ…お前っ!このっ!」
激情した女がラビットの顎をブーツで蹴りあげようとするが、ラビットはファナを抱えながら足でその足を蹴り避け、力負けした女が地に伏した。
そのまま背中を踏んづけ女動きを封じると、嗚咽をこらえているファナの頭をぽんぽんと撫でてやり、黒のリムが泥を撥ね飛ばしながら走り込んで来るを見る。
「チロルハート様っ…闇結界!」
黒のリムが叫んだ。
「ガゼル、邪魔すんなっ!刻むよっ!」
女を踏んづけているラビットに叫ぶガゼルと呼ばれた黒のリムが、痛むのか顔をしかめながら包帯だらけの腕を伸ばす。
「お?」
女が飛び起き折れたレイピアを振り回し、ラビットは剣を振りかざすと川岸に走った。
「ファナちゃん、大丈夫か」
半泣きのファナは震えながら頭を縦に振り
「遅くなったな」
とラビットは頭をぽんぽんと撫でる。
「ラビット様…結界が…」
川の横に立つラビットの、居場所を狭くしていく。
「そーだよ、マグルの結界があるんだよっ!こいつはな、何人もこれで殺したんだ!息苦しいだろう?」
女…チロルハートがケラケラと下品に笑い、馬車に戻っていく…ガゼルが馬車の中の青年になにか話していた。
「狭いな…ファナちゃん、少し手荒いぞ」
ラビットは剣を下からすくい上げるように持ち上げると、天井から横に一文字斬りつける。
「………っ……裂けろ」
激しい爆裂音がして黒い結界がガラスのように飛び散り、それを禿頭で受けながら、ラビットは砂利を踏んだ。
「逃げるぞファナちゃんっ…」
「は…はいっ…」
川縁へ走りこみ、ザ…ッと川の中へ飛び込こむと、対岸へ身を進ませる。
泳いで反対側の岸へ向かう計画だった。