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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第三章 重吾、刻をこえて
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重吾、刻をこえて8

改稿済

「ファナちゃんはこの地、グランディア王国の女王になり、俺の甥っ子のテオドールの妻となるんだな。不満かな」


 生まれる前からの約束事が、ファナを縛り付けていた。


 ファナはぎゅうと身体を抱えて困惑する。


「黒の…リムの王…と」


 会ったことはある赤い髪の華やかな容貌の黒のリムにはすでに主がいるではないか。


 それなのに…ファナの夫となるのだ。


「ファナ・ティア・モルト。それがお前の名前だ…ファナ…『神』と言う意味もある」


 温かいスープを持ってきた祖父がやって来て、横の椅子に腰かけた。


「…私の名前…ファナ…」


 そっと額を撫でられ、いつも距離を感じていた祖父を近しく感じる。


「そうだ…お前の名前だよ。お前が誕生した時、わしの意識は遠い未来へ飛んだ。明るい世界の中で、お前は多くの人の中で王として…」


「おじいさま…?」


「いや…少し休みなさい…」


 ファナ・ティア・モルト…私は…女王なんてなりたくない。


 マスターが欲しい。


 普通のリムのように…主に仕え畑を耕すマスターの後ろ姿を支えたい。


 ささやかにみえるその希望は、ファナには遠かった。






「ん…ぅ…おじいさま…」


 暖炉のところでうたた寝をしていたはずのファナは、祖父とラビットいないことに気づいて、辺りを見渡す。


 雨は小雨になっているようだった。



「起きたか…」


 ファナは、雨に濡れながら戻ってくる祖父が慌てて扉を閉めたのにおびえる。


「おじいさま…ラビット様は…」


「外へ出掛けている。さあ、お前も出掛ける準備をしなさい。服を着なさい」


「は…はい…」


 ファナは祖父に言われた通り人の服をかぶり胸のリムを隠し、祖父が外出用の杖を出してきて、砂金の袋を首からぶら下げるように言われ、祖父の横に隠れるようにして家を出る。


 扉を開くと辺りは暗くなっていたが、大きな月が青白い光を放ち、女剣士と黒フードを不気味に照らしていた。


「どうだい、マグル」


 マグルと呼ばれた黒フードの少年リムの手足は、包帯がぐるぐる巻きにされており、金の髪を肩口で切り揃えた優美な姿でローブから手を差し出し、ファナを探るように見つめる。


「…リムの気配です」


 女剣士がニヤリと笑い、ファナは不安になった。 


「おじいさま…」


 祖父が二人連れを無視して、ゆっくりとした足取りで通りすぎていき、ファナを見下ろして言った。


「やはりか…お前の幸せな姿を見たかったよ」


「え…?」


 女剣士が下から掬い上げるように、細身の剣で祖父を刺そうとする。


 祖父の杖がそれを払い、女が叫んだ。


「ぼさっとすんな、マグル!闇で封じろ!」


「チロルハート様」


「マグル、なんで名前で呼ぶんだ?あたしは仮マスターだよ!早くしな!あとでお仕置きだ」


「は…はい…マスター」


 包帯だらけの腕を付きだし、右手の人差し指で円を描き、祖父の身体が硬直する。


 祖父の影から伸びる蔦のような黒が、祖父の身体に巻き付き、祖父が杖を落とした。


 ファナは震えて祖父の様子を見ているだけで、女剣士が祖父の元に歩み寄るのを見送ってしまう。


「逃げなさい、ファナ!その未来には、わしはいない。必ず生きなさい…ぐっ…あ…」


 ファナは自身も苦痛にゆがんだ表情の黒のリムの横を、泣きながら駆け抜け見知った森を逃げていく。


 声を出しては気づかれてしまうから、川縁の森の駆け抜けると、マグルと呼ばれた黒のリムに追い付かれた。


「リムのくせに…人間の真似事をするなあっ…」


 被っていた首まであるワンピースを引きちぎるように脱がされ、ファナは勢い地に両膝を着く。


 真っ白な綺麗な顔に薄くソバカスが散り、それがまるで泣いているようで、ファナは土まみれになりながら後ずさった。


「悪く思わないで、マスターの命令だからさ。…ん…お前…片方だけ目が…黒い…『凶眼』…?」


 風が吹いて青白い光を顔に浴びて、前髪を掴まれたファナは隠していた瞳を晒してしまい、身体を捩る。


「いや…離してくださいっ!」


 マグルが後からやって来た仮マスターであるチロルハートを、見て意見を求めようとした。


 しかし、目線は違っていた。


 ファナは東の方面から来た馬車が止まると同時に、銀髪の痩せた男が降り立つ。


「マスター」


 マグルがすがるようにその男に歩み寄り、痛みを抱えた身体中を必死で抱き締めて座り込むが、銀髪の痩身は見向きもしないで、ファナに近寄ってきた。


「『凶眼』か…面白い。屋敷にいるリムと掛け合わせれば、新たな力を持つリムが生まれるやも知れんと、お館様が話しておられる。チロルハート、マグル、よくやった」


「ガゼル様っ、あたしの手柄だよ!」


「ああ、お館様に伝えよう」


「やったね!」


 ファナが顔を上げると、馬車の中には緩く巻く青銀髪を流した冴え冴えたる美しい青年が座っており、ファナを一瞥する。


 その柔らかい瞳に、ファナは何故か沸き起こる感覚に戦慄した。


 それは明らかなる、恐怖。


「い…や…」


 小さな口から、悲鳴のように細く呟いた。 

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