閑話 ケロリン
「ハイム、いいか!これから風呂の正しい入り方を実践する」
俺は膝まである大判のタオルを胸から巻いて、風呂だから当然全裸のハイムの前に立っていた。
やはり…毛深いな…こいつ。
足も腕も…胸毛までしっかりしているじゃないか!
俺は…俺は胸毛が欲しかった!
いや、まあ、今はファナの女の子の身体だから、それはそれでノーサンキューではあるが。
俺はジューゴを風操りで動かしながら、湯桶で身体を流している。
ジューゴは生きた死体であるんだが、たまには筋肉を動かしてやらないといかんわけであり、俺はファナの中で自分の身体を洗う的な動作をさせていた。
「風呂なんざざばーって入って、ざばーっと出て!」
俺は洗い場にあぐらをかくハイムに近寄り頭を竹湯桶でぽかりと殴る。
「風呂には二種類ある。家族風呂と大衆風呂だ。家族風呂は湯桶で身体をざっと流して湯船に入る。それから洗い場に出て身体を洗うが、大衆風呂は違う。ここは一応王宮だ。不特定多数が入るかもしれない。だからこそ風呂を学べ。あー、さてだな、湯桶で湯を身体にかけたら、まず身体を洗う。その後に湯に入るわけだ。なぜならば、次に入る人々のために湯を汚さないためにな」
「えーっ!湯を張り直せばいいだろー」
「こんのボンボンめ!だからこそ、このケロリンがある」
俺はジューゴに黄色のプラスチック洗面器を持たせ、湯を汲み入れ粗く織られた虫絹のタオエルを浸させるとサボンをわしゃわしゃさせてジューゴが身体を洗うのを、ハイムに見せてやった。
模範洗いだ。
「湯桶では小さいから、このケロリンに湯を溜めサボンまみれの身体を流すんだ。まあ、髪を先に洗い身体を洗うのが一番だが、そこは見解が別れるところでな。おっと、耳の後ろは要チェックだ。意外に臭う。かなり臭う!男臭いとティータに嫌われるぞ」
ティータの名前に反応してわしわし洗うハイムの頭に湯をかけてやり、ジューゴとハイムが並んで湯船に入る。
ちくしょう、俺も入りたいぜ、肌寒くなって来た。
「これが大衆風呂の礼儀だ」
「ケロリンは湯桶よりも湯量があり、いいなあ」
いや、ケロリンは黄色のプラスチック洗面器の底に書かれた医薬品会社名で…ただのプラスチック洗面器なんだが…ついつい風穴で拾った『昭和』に感銘を受けたもんだからなあ…。
まあ、いいか。
俺がジューゴを湯船からだそうとしていると、
「ファナ様、もういいかしら?」
扉が開いて全裸のティータが入ってくる。
「ティ…ティ!」
「あら、まだ、いたの?」
ちょうどいい。
「大衆風呂の中には混浴風呂もある。だから好みの女の子がいても平常心で…馬鹿!おっ勃てるな!」
浴場だけに欲情か?
なんて親父ギャグを頭で巡らせていたが、ぶるぶる震えてハイムが立ち上がるとケロリンで股間を押さえて隠し、
「むーーーーりーーーっ!」
とダッシュして風呂から走り去る。
あー…俺のケロリン…。
「マスターもいたのね、嬉しいわ。ファナ様も入ったらどう?」
ティータが湯桶でざばば…と湯を掛けて湯船に浸かる。
「お、おい!ここは…」
「家庭風呂よね。だからこれでいいの。身体や髪の毛を洗うのは湯船につかって、毛穴などがひらいて汚れや皮脂を落としやすくなった状態で行うのがおすすめでしょう?」
そうなんだけど…。
「ハイムにはあれでいいのよ。あの人の入った後の湯は体毛やら皮膚皮みたいなものが浮いていて嫌だもの。新陳代謝がが活発なのね」
ティータに言われてタオエルを外して湯をかけてから湯船に入った。
「難しい言葉を知ってるんだな」
ジューゴの左右に座り、ティータがくすりと笑う。
「ノーパソと完全同期した時、ノーパソと知識を共有したわ。だからマスターの魂を持つファナ様の話がある程度理解できるのよ」
あらま…敵なしくらいになっちゃったな。
「ファナ様、洗いっこしましょう」
「えー」
「洗いっこも辺境では素敵な文化でしょう?さあさあ」
二人で泡だらけになると湯を掛けて転げるように笑いまくった。
うちの風呂のシャワーが壊れまして、洗面器で湯船の湯をすくって頭を洗っていた一週間…右肘が腱鞘炎気味になりました。そんな思い出と共に!




