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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第二十章 クサカノート
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クサカノート10

「わたくしは…この生命の木の力の塊…妖精王と呼ばれるものです。日下様はわたくしのことを世界樹の魂と呼んでおりましたわ」


 世界樹…だって?


 北欧神話のユグドラシルのことか…。


 ノーパソの索敵地図をちらりと見ると、アーパーグランドがあり、ここは島だ。


 アーバーグランドがアースガルド的存在なら、ここはミッドガルドになる…わけで、剛志の嫁さん、セイント本の同人誌をありがとう…俺の部屋に置いたままでした…どうしよう再来…。


 リーフさんは座り込んでモスの亡骸の横にいて、俺は片手で索敵している尻とつながるノーパソを持つティータと手を繋いだまま、まるで緑の中庭のような木の木陰で立ち尽くしている。


「日下様のノートはごらんになりましたか?」


 俺が曖昧にうなずくとリーフさんは、消え入りそうな表情で微笑んだ。


「あの人は…長い間旅をしては、この世界の可能性を探していたのです。リムが生まれるときの爆発的エネルギーで時空を移動しては垣間見る過去に手を入れ、知識を委ね…でも変わることはなかったわ」


 日下博士がどの時代の人か…俺のちっぽけな知識じゃあわからない。


 でも日本人…辺境人が過去に介入していた…何のために…。


「あの人は辺境の地で光の毒の研究をしていたから、その毒を身に宿すリムの悲しい存在に罪悪感すら感じていたのでしょうね…」


 リーフさんはモスの頭にそっと頭を乗せる…まるで眠るよう仕草だった。


「あの人だけのせいではないのに…レムリア・アトランティス…そしてムー…アーバーグランドはモルトを支配する王によって、何度も青いかの星に降り立ちそして時空移動をしてきたわ…そのたびに文明は栄え光の毒を蓄えて…だから風穴から溢れた光の毒なんて…ささいなものなのに…わたくしは何度も何度もあの人に言いました。光の毒はモフルーの森が浄化をしていますと…」


 幻の三大大陸が…アーバーグランドだって…しかも…モルトが空間移動…させたって…て、俺か、今、俺、ヤバい…モルトだ…!


「日下様にいただいたこの姿も…もう…保てません…次は…あなたがたに姿と名前をいただき…たい…と思います…」


「あなた方…って、俺とティータか?」


 ここにいるのはうさぎを除いては、俺とティータしかいない。


 リーフさんはまるで光に透けるように消えてなくなりつつあった。


「いいえ…あなたと…ファナ…の二人…」


「じゃあ…ファナの魂はいるのか?俺が自分の身体に戻れる可能性は?」


 俺が心配しているのは、俺自身が俺の身体に戻ることと同時に、ファナの魂がファナの身体に戻ってくることだ。


「それは…次の…わたくしに……聞いて…」


 ざあっ…と風が吹き、モスとリーフさんの姿が砂のようにほころび光り透けて…消えた。


「ファナ様…モスと…小さな…卵が…」


 巨大な蝶のモスと妖精王のリーフさんのいた場所には、親指くらいの小さなモスがうごうごと這っていて、卵を守るようにしている。


 リーフさんであったものは…俺とファナが姿を与える…って…。


「さあさ、妖精の卵と虫をお守りください」


 うさぎは木の根元に座れと俺たちに指を指してきて、俺とティータは仕方なく座って卵をポンチョの上の膝に乗せた。


「お客様にはお食事をお持ちします。ああ、忙しい、忙しくなるよ」


 うさぎがぱたぱたと出て行ってしまうと、俺は手招きをしてデルタファースがミク君を伴って湖の道を渡ってやってくる。


「ファナ君、やっぱりミク君は、辺境人だったよ~」


 海さんがミク君も俺の前に連れてきて、


「しかもぴっちぴちの高校生」


と空さんがむっとした顔をしている。


「空、あなたも昔は高校生だったでしょう?ひがまないの」


 陸さんが苦笑いをしていて、


「もう十何年も前。しかも中退した」


空さんの言葉に…俺は思い出した。


「…俺たち辺境人は…アーバーグランドでは年を取らないんだったんだな…」


 俺のつぶやきにミク君が驚いた表情をし、デルタフォースは神妙な顔をした。


「年を…取らない…?」


そのなかでも常識人っぽそうな陸さんが、


「そうです、ミク君、そしてファ…いえ、重吾君。それを…『浦島論』と日下先生は言っていました。私たちはアーバーグランドに来た瞬間のままでいるのです。それどころかさまざまなギフトすら持ち得て、この世界で生きていく。ミク君にも重吾君にも思い当たる節があるのではないでしょうか?」


 俺の…血…あれはアーバーグランドのギフト…。


 俺が生きた鉄を俺の血で支配できるのは…俺の得たギフトなんだ。


「なあ、ミク君、君は高速道路で俺が助けようとした…あの高校生か?」


 俺が尋ねると、ミク君は一瞬戸惑い…ファナの姿の俺を見下ろしてきた。


 しかもあぐらをかいてポンチョの上から手で薄緑の妖精の卵…まるで烏骨鶏の卵みたいな…それを暖めている金髪碧眼美少女が、上背だけやたらありごっつい警察感のおっさんみたいなのと一緒に、君を助けようとしていたんだが…と言っても全く理解されそうもないんだが…。


「今はこんな姿なんだが、俺は鈴木重吾、日本の警察官だ…ったか?ごめんな、君を助けてあげられなくて」


 俺はそう話してから、そっぽをむいたままだった。


 なぜならばミク君は泣いていたからで…しかも…「ごめんなさい…」と俺にわび続けていたからだ。


 ここで俺が「いいよ、謝るな」とか「気にするな」とか慰めを言ってもダメだろうし…なによりもデルタホースが「ずっと一人だったんだね」とミクをぴっちり抱きしめて抱擁をし、海さんに至っては母性全開、乳の谷間の海で窒息させる寸前だ。


 ミク君だってそこは男の子だ。


 落ち着くと真っ赤になってデルタホースの胸を何とか引きはがし、ぽつりぽつりと身の上を話し始め…うさぎが山のようにサンドイッチと飲み物を持ってくる頃には、ミク君が高校で逢ったいじめからの暴走事故も理解する。


 手の中の卵が…温かい…。


「ファナ様…泣いているの?」


 索敵を続けているティータが俺を突っついてきた。


「俺が助けようとした命は…生きてた。ミク君が…生きててくれて…よかった…」


 夕方の星が少しずつ増え始める…それを見上げて俺は涙を流していて…だって卵をあっためていて両手が塞がっているから…ファナの涙かもしれないしな…ぬぐえないんだよ…なんてうそぶいて。

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