クサカノート9
暗いドームの中を瞬時に移動する感覚は、まるでテレビで見たことのあるゆがみのある世界と似ていて、俺は軽くめまいを感じながらハンドルを持った…車酔いしそうな気分だ。
「着いてこられるか、至高の金妖精よ」
赤いドラゴンが俺の横に下がり、ランクルの窓を開けっ放して髪を流している俺に聞いてくる。
俺はうなずいたが、そもそも背中に乗っている子どもは…俺が助けた子どもなのか?
辺境人にしては髪の色がグレーだし…ちらちらこちらを見てくる瞳も明るい茶色だ。
「ミクくーん、ねえ、ミク君でしょ~?」
って俺が悩んでいるうちに海さんが、その子どもに間延びしたさまで叫んでいた。
「え、あ、はい。どうして僕の名前を…」
うふふふふと笑いながら、
「ジョバンニさんが心配していたのよ。よかった、ねえ、やっぱりミク君よ、ファナ君」
えーっ…でも、髪の色…って…俺の後ろでやっほーっと手を振っている海さんは緑の髪だし、陸さんは赤だし…空ちゃんは青だし…もはや俺の常識範疇は逸脱中だ。
そもそも俺自体がロシア風金髪美少女なんだから、常識は振り切ってるってもんか。
「なあ、君、あとで話しがある。時間を取ってくれないか」
見ず知らずの子どもから叫ばれて困惑気味なミク君とやらは、ためらいながら頷き、白い大きな狼と赤いドラゴンはぽかりと開いた穴から飛出した…ってランクルもはき出された。
「うわ…」
緑の洪水…いや光の洪水だ。
俺たちが出た場所は緑の森の中で、目の前には風穴程度の湖があり、その中央にはこの木なんの木気になる木…的な木が天に向かってそびえ立ち、その足下には俺たちが追っていた白いモスがいた。
俺たちより少し早くこの地に降り立った赤いドラゴンと白い獣はミク君を草原に降ろし、ざぶ…と湖の中に入っていく。
ミク君がいる場所は石造りの平屋敷があって、そこから再び巨大なピーターラビットが出てくる…いや…多分、港で会ったのとはちがう…こいつは赤いチョッキを着ていた。
「ファナちゃんの姿ではありませんか…ん…んんん…ファナちゃんの姿の中には…うむむむむ…。おやまあ、面妖な四つ輪にお乗りですな。さあさあ、こちらにおいでなさい」
どうやらうさぎが甲高い声で俺に呼びかける…って事は…ファナが一人で来るなんてあり得ないのだから、日下博士がファナを連れてここに来ていたことになる。
俺はランクルで石造りの家まで回っていくと運転席から飛び降り、ハイムな重吾をどうしようかと考えていると、
「その方もお連れするように言われております。さあさあ、リーフ様の末期に間に合いません」
と、ファナと同じくらいのひょろっとした体型のくせにひょいと俺をお姫様だっこしてすたすたと歩き始めた。
うわ…その運び方は…荷物運びとか肩に担ぐとか…で頼みます…と俺が俺の死体を哀れんで見ていると、
「上背がありますからね。死体が痛まないようにそおっ…と運びます。あ、ファナちゃんの形のお方と妖精のお一人は中央へ、みなさまはしばしお待ちを」
なんてまるで『全てを知っている風』に俺にうさぎの長いひげをそよがせてくる。
ティータが困った顔をしているいて、
「ランクルからノーパソを切り離せ。ティータが持っているんだ。尻を離して索敵しろ」
と耳打ちをして、手を握って大きな木の下へつながる細い道を歩き始めた。
大きな一本木は俺たちが近づくと掌くらいの光りの珠をばっと散らして、俺たちに近づいてくる。
「うわっ…」
光珠の中には掌に乗るくらいの羽が生えている人型がいて、様々な色に輝いては俺たちの周りを羽ばたいていた。
「この子たちは自然から溢れた力で形取られた小さな蜻蛉のの様なものです。このモフルの森から出ると消えてしまう儚い命。日下様はこの子たちを妖精と呼び、人から生まれた妖精のような儚さをリムであるあなたたちに重ねたのでしょう」
木の下にはモスが横たわっていて、その頭を撫でるように緑の光りを編み込んだように透けるふわふわな髪を地に垂らす今にも消えそうな女の人がいる。
「リーフ様、この死体も湖へ?」
「ええ…少しでも足しになるのなら…」
チョッキうさぎが俺を服のままどぼんと湖の中に落としたから、俺はたまったもんじゃない。
「う…わわわわわっ!死体の俺に何をするっ」
「大丈夫ですよ。癒しの湖で少しは回復します」
どういうことだ…この女の人はリーフさんは…何を言っている…んだ。
「魂と肉体は限りなく求め合いますが、あなたの魂はファナの魂と融合しているため、肉体が乖離を始めています。そうすれば…鈴木重吾の肉体は生きて死体ではなく、死体となります」
虫絹がドレープ状に美しいリーフさんは、
「ファナの最後を見届けてくれてどうもありがとうございます。そして、ファナの姿を生かしてくれてありがとうございます。そして…わたくしの最後を見届けてください…」
ともう事切れているモスの頭を撫でている。




