クサカノート3
未来…へ…行った?
「ファナ様、怖い顔よ。何かあったのかしら」
ティータに言われるまで気づかなかったが、眉間に皺が寄っていたらしい。
絶世の美少女であるファナが、機嫌悪そうにしかめっ面をしていれば不安にもなるもんだ。
「あー…悪い、悪い。考え事でさあ」
ランクルはノーパソと一緒にナビ付き自動運転で、安全な運転は馬のギャロップ程度であり、メーターも計器も付いていないランクルの運転席にはハンドルはついているが、今はその必要もないのだ。
助手席には重吾がとりあえず座り、その後ろの席に俺とティータが寝転がっている。
「考え事なの?」
「うん、浦島…」
ついつい口にして、しまった…と口をつぐむが、ティータが
「ムカシムカシウラシマハ、タスケタカメニツレラレテ…かしら。クサカ様がよくファナ様に歌っていたわ」
「日下博士はそれについてなにか?」
「わからないわ…私はそれほど関わりがなかったもの」
ティータは困った顔をして歌だけしか知らないと首を横に振るが、最後の方で日下博士がなんども声を詰まらせたと話してくれた。
歌は祖父母に育てられた俺自身もよく知っている。
むかしむかし、浦島は
助けた亀に連れられて、
竜宮城へ来てみれば、
絵にもかけない美しさ。
乙姫様の御馳走に、
鯛や比目魚の舞い踊り、
ただ珍しくおもしろく
月日のたつのも夢のうち。
遊びにあきて気が付いて、
お暇乞いもそこそこに、
帰る途中の楽しみは、
土産に貰った玉手箱。
帰ってみれば、こはどこに、
元居た家も村も無く、
みちに行きあう人々は、
顔も知らない者ばかり。
心細さに蓋とれば、
あけて悔しき玉手箱、
中からぱっと白煙、
たちまち太郎はお爺さん。
「浦島太郎…は、竜宮城では年を取ってない…」
それに自分たちもなぞらえたのだとしたら…辺境人は年を取らない…?
そう考えるのが自然だけど…そうなると、俺自身であるファナと俺のリムであるティータも俺同様時が止るっ…て訳にはならないか…そんなんは都合が良すぎる粗筋はチープすぎる。
本はあとがきや最終ページをちらりと覗くタイプの奴がいて、俺もそのタイプでして…もそれは悪い癖だとは思ってはいたが、今回も手帳の最後をめくってしまった。
だからつい、そんなこんなを話してしまったが、ファナやティータのような子どもが永遠に九歳と十一歳のままで生きるのはいかがなものか。
「おっ…わあっ…」
ランクルがホバーモードに変わり川を横断する衝撃に思考の意識は切り替えられ、俺は前を向いた。
「ランクルすごいわ…」
ティータが水の上に浮いてエンジン音を上げるランクルに手を叩く。
『ランクルにアドバイスをした。もうじき推定ガーランド王国領に入る。マスターが運転して欲しい』
ノーパソの機械音声がして、ティータが索敵に離そうとしたの尻をノーパソが止める。
「どうして、ノーパソ」
『目立つのは避けた方がいい。それに港はモフルーの管轄で、ガーランド王国が管理をしているわけではない。一応、東の港オアシスとなっている』
「分かったわ」
尻たちは出番が無くなりコロコロとランクルのソファに転がり、その数は増えて十匹になっている。
俺が血を撒き散らしても得られなかったのに、ティータが尻たちに命じた
「仲間探して。そうしないと、マスターの血、あげない」
に尻たちが奮起して、仲間を連れて来ちゃったのだ。
俺としては養う奴らが増えたのだが、たくさん増えた尻にティータがご満悦でよしとしている。
川を渡り終わると陸地にたどり着き、そのまま港へ向かって走るランクルのハンドルを手にした。
「ノーパソはそのままナビゲータとしてサポートしてくれ」
『マスター、了解。次の木を左に』
「はいよ…おっ…わあ…」
ハンドルを傾け見た先は、美しい麦畑が一面に広がり、中世ヨーロッパの風景が目に焼きついた。
美しいが寂しい気がする…なんとなくだが…。
「ファナ様、港がみえたわ!」
さあ、とりあえず港から海だ。
河口から検閲をさらりと突破するために、俺は死体の重吾を商売人の格好をさせ、俺とティータは布に包まりめくましのカバーをしつつ、重吾を幻影で包んでいる。
今の重吾は辺境人ではなく見た目ハイムなのだ。
これがまたうまく行き、検閲というか、ただの棒立ちの兵士は、よくわからない紙切れ一枚で木戸を開けた。
「これが…動く鉄か。なあ、商人、触れてもいいか?これをモフルへ持っていくのか…いいなあ…」
何も言えない重吾に対し、兵士はランクルをぺたぺたと触り、硬いのに暖かな外装を撫で回す。
うわ…俺デジャブ的なハンパねー。
俺も初めて見たランドクルーザーを撫で回したもんだ。
許可されて東の港オアシスゲートに入った俺たちは、ぐるりと木柵で囲まれた明らかに異質な空間に声を詰まらせる。




