ミクの消失10
トンクルが申し訳ありませんと言うように何度もぺこぺことトンファー先の部分を下げて、柄から二つの触手が伸び、横で伸びている死体の重吾の左腕に突き刺さる。
「痛い触手プレイ…」
俺自身は痛くも痒くもないんだけど、目視的に痛そう。
ふと…警察仲間の剛志の嫁さんが書いていた同人誌の中にはそんな内容もあり、オススメされた男子大学生が研究所で未知なる触手生物に穴という穴を快楽責めされると言う薄いが高い冊子を借りたまま、アパートを後にしたのを急に思い出し、あの冊子はちゃんと剛志の嫁さんに帰ったのだろうかと心配になった、が、それよりもなによりもあれは俺の趣味ではない、断じて違うと叫び出したい。
何もないに等しいアパートの座テーブルにポツンと置いてきた冊子と、ティッシュの箱…。
勘違いすんなよ、片付けてくれた奴ら、おい、剛志、剛志様、お前が、いや、君がちゃんと行ってください!
「すんごく嫌なストレスでびりびりしてるわ…」
ストレスで静電気が増幅するように、『痺れトンクル』では嫌な思い出で鬱気分にすると、放電が甚だしいのだ。
「まるで、AEDだな。周囲離れてください。重吾よし、俺よし、サポートティータよし。いくぞっ」
……解放。
「ハイムの時より強く。ファナ様、今!」
ファナのリムの刻印が光り出し、エバグリーンとシャルルが見ている中、俺の右手から莫大なエネルギーが流れ込み、その全てが電撃を伴い幼い赤毛の男児リムの刻印に流れ込む。
バチッ…と激しい音が響き渡り、
「っ…!」
俺も強烈な衝撃を受けたが、男児リムの身体は跳ねまるで自動体外式除細動器みたいに、心臓が痙攣し血液を流すポンプ機能を失った状態になった心臓に対して電気ショックを与え、正常なリズムに戻すためのお馴染みな医療機器のようで、バウンドしたリムは深い息を吐いて顔色が良くなったのだ。
「い…でで…これ、生きてる俺の心臓にダイレクト過ぎ…ファナの身体も大丈夫か…」
痛みで涙が止まらない俺は、ファナの身体をぎゅうう…と抱きしめ、
「俺…もう絶対やんない…人生終わる気がする」
と呟いた。
リアルAED体験だ。
はい、下がってください。
私よし。
貴方よし。
周囲よし。
発動します。
バチ〜ン!の、意味が分かった。
まじ、心臓に痛い!
これでも俺がファナから出て行けないってのは…これ以上の何かをしないといけないって訳か…。
「ファナ、あんたの部屋からすごい音が…」
トイレに行ってでもいたのか通りすがりのマクファーレンが赤髪を下ろしたラフな格好で部屋を通りすがる。
「なに、この人だかり…」
扉の前に来て、入ってくるマクファーレンに、
「どうだ…リムは」
赤毛の小さな子どものリムがぽか…と瞳を開いた。
深緑の瞳をさ迷わせマクファーレンを見つめると、ふわ…と幸せそうに笑う。
「そこにいたの…マ…ー」
マスターと呼んだのか、ママと呼んだのか…手を伸ばした先と、リムの輝きはマクファーレンを選んでいて、マクファーレンが何故か泣いていた。
「あんたを…カトル…って…呼んでいいかい…?」
「カトル…?」
マクファーレンが赤毛のリムを抱きしめた。
「あたしの大事な子の名前さ」
俺が後から聞いた話によると、マクファーレンは楽園騎士団に入る前、ただの娘だったらしい。
十八で東の駐屯地の騎士を夫に持ち十九で子どもを産んだ直後、その子どもをリム狩りに奪われていた。
あのチロルハートに乳首を切られ赤子を奪われた挙句、夫を含めた東の駐屯地の騎士は全員死んだ。
ガゼルを除いて。
つまり、ガゼルが招いたのだ。
東に多い赤毛と緑目だが、お互いを求め合う二人は、親子だと言っても言いような気がしてならない。
ここでお前ら親子じゃね?と、発言するのを俺はやめて、ただそのリム権利であるとマスターを見つけ出す、マスターとして認められた騎士の喜びだけを見ていることにした。
「大事な…大事な名前…ありがとうございます…マスター…」
カトルと名付けられたリムは、本当に幸せそうにマクファーレンに抱きつき、安心したのかぐうう…と腹を鳴らしたのだ。
「えーと、これでモスを追いかけられるが、なあ、ティータ妖精の森ってどこなん?」
「西のモフルーの森よ。ガーランド王国の桟橋から、海亀にのるわ」
「ガーランドかあ…まあ、行ってみるか」
腹をくくっていくしかないと、俺が考えていると
「まあまあ、お出かけの相談なら、このクリムトにきっちりお話しくださいませ」
とトイレに入るクリムトの黒のベビーキャミソールを見送った。




