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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第十九章 ミクの消失
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ミクの消失4

 やはり水は自然と乾き、イーズが寄越してくれた服を頭から被り、腰ベルトに剣をかけようとして、浴槽の側の寝台に座り込むイーズが手にしている黒い変形フォルムに目をやる。


「ミクのバイオリン…ミクは?」


 イーズの目が不自然に泳ぎラーンスはイーズの胸元に掴み掛かり、


「言えよ、ミクは?」


と低く言い放つ。


「ミクは…いない。不意にいなくなったのだ」


「いない…?バイオリンを置いて?」


 怠そうな辛そうな顔をしているイーズがうつむき、ラーンスは剣を手にすると、部屋を歩み出る。


「待て、ラーンス」


 待ってられるか!


 ラーンスはそのまま中廊下を足早に歩くと、月が傾き始めた空に篝火が焚かれ、羽を晒したドラグーンが炎に照らされ輝いていた。


「ウォールフに怒りを!」


「楽士を取り戻せ!」


「ダイナナへ侵攻を!」


「ウォールフを皆殺しに!」


 ドラグーンは長痩身を弓形に叫び上げ泡を吹き、剣を次々と持ち始め、明けの紫の中でさらに咆哮する。


「ミクは!おい、ヴェスパのおっさん!」


 力なく座り込んでいるヴェスパ老長は、ブルーラグーンに来ていた禿げ上がる頭を落としていた。


 ヴェスパ長がラーンスに気づいたのは、空へ飛翔を始めたドラグーンの羽音に顔を上げた時だ。


「あんたは騎士の…」


「なんでこんなことになっているんだよ!」


 バサッ…バサッ…と飛び上がるドラグーンの手から飲み干した杯が捨てられ、残った液体が顔に掛かり、その残汁が唇に触れる。


「これ…」


 この味は嫌でも舌が覚えていた。


 ガーランド王国王直属遊撃隊の戦闘意欲を嵩上げし、鼓舞する興奮酒だ。


「シーネ…かよ…」


 人よりモフル族に近い…つまり獣に近いドラグーンの性質で、毒酒にもなるこれを飲んでいたら、頭の中は興奮しっぱなしで、おかしくなっているはずで、こんな状態で戦えば、ミクを取り戻す云々より、攻撃性だけがアップしていて、ただ暴れるだけだ。


「暴走をコントロール出来なくなる!イーズ、どこだ!」


 イーズが本当に歩くのも辛そうに、ラーンスのところへやって来る。


「おい、イーズ!奴らを止めろ!」


「無理だ」


 はっきりと迷いなく言われ、ラーンスはいきり立つ。


「なんだよ!殿下ってのは、偉いんだろ?だったら!」


「あまり喚き立てるな、身体に触る!」


「うるっせぇ!あんたが役に立たつのは夜だけかよ…。ミクはいなくなる、なんだか変な闘いにはなっちまう」


「変な…ラーンス来い」


 力を落としたままのヴェスパ長を尻目に、今までにない感情を持て余したラーンスは、いやに体温のないイーズの手に掴まれ、先程の客間に連れ戻された。


「なんだよ!」


 そのままイーズが寝台に力なく座り込んでしまう。


「いいか、オアシスはオアシス長の元、独自自治を営んでいる。つまりオアシス長は『王』でオアシスは『国』なのだ。その長の自治を諌めることができるのは、唯一ドラグーン族長の陛下スルターンシャアなのだ」


「イーズは…なんなんだよ…殿下殿下って…」


 イーズは強い。


 体格はダグラム以上、剣の重さはラビット並みで、しかもドラグーン成体になれるではないか。


「ラーンス…俺は成体ではない」


「…え?」


 ドラグーンでは二人しかいないドラグーンに変幻出来るイーズの完全な姿は、黄色のたてがみを持つ美しい雄々しい姿だ。


「シャアには父として、俺や弟には母であったが…。俺たちはただのドラグーンであり、弟に至っては爪も羽も出現しない。人により近いドラグーンだ」


 ああ…だからか。


 ラーンスは思う。


 ドラグーン成体であるならば、発情期以外は求めはしないが、イーズの欲望は人のサイクルと変わらない…まあ…それ以上だったが…。


「でも…あんたはドラグーン成体になれていた。それを見た」


「母の二つ目の心臓を呑んだからだ」


「…っ!」


「長く生きた母も衰え、シャアに比べ不甲斐ない俺たち兄弟のどちらかに二つ目の心臓をやると言い出した。弟は儀式の場から逃げ出したからな、俺が母の二つ目の心臓をいただいた」

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