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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第十九章 ミクの消失
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ミクの消失1

 ドラグーン族のオアシスであるヴェスパに背中に傷を負った死体が運ばれてきたのは、夕方も深まった頃だった。


「三本爪だ!」


「ウォールフの爪だ!」


「休戦はなしだ!」


 ミクの奏でるバイオリンの音色に喝采をし、麦酒や甘水に興じていた男女がいきり立つ。


 長の家に運ばれてきた死体を見ないようにミクは遠ざけられたが、死因らしい傷を見てしまった。


「あっ…」


「楽士様、お下がりください」


 女たちに押されて部屋に押し込まれ、ミクはバイオリンケースを抱きしめる。


「楽士様、危険ですのでこちらに」


「え、あの、ラーンスとイーズ殿下は…」


 足早に行ってしまう女たちに、喧騒広まる長の家。


 ミクには初めてちらりとだが見る死体だった。


 中学の社会の先生が副教材として見せてくれた戦争の資料には死体が映っていて、損壊が激しいものばかりだったから、屈強のドラグーンの男が、三本爪を背中に浴びただけで死んでしまうものなのだろうか…と考えてしまう。


 ミクの立場はただの楽士であり、何の役にも立たない砂上のバイオリン弾きなのだ。


「羽を広げ、爪を伸ばせ!」


「この時のために剣を集めていただろう!」


 ミクが何とか窓から顔を出すと、赤々と燃え盛る焚き火を取り、激しく振りかざしたのは屈強な女だ。


「剣はたくさんあるぞ!東の者から買い占めた!」


 長の家とは別の家から、武器が運ばれてくるのを見て、長が睨んだ男に見覚えがある。


 ブルーラグーンで暴れようとしていた男だ。


「息子よ!これは…この武器は…」


「親父、これは俺の戦いだ。親父は引っ込んでいてくれ。みんな武器を取れ!今からダイナナへ向かう!」


「夜の奇襲か!いいだろう!月明かりを頼りに!」


 オオーッ!と雄叫びが上がり、ミクは窓の下に椅子や机を並べて這い上がると、窓から飛び出した。


 だめだ!


 だめだ!


 だめだ!


 シャア陛下を悲しませてはならない。


 あの人がどんな気持ちで、砂の十字架を作ったのか。


「羽を広げろ!」


 戦いにしてはならない。


「だめだ!だめだよ!」


 地を踏みしめてミクは叫んだ。


「楽士様…」


 呆然としていたヴェスパ長がいきり立つ十数人を見上げていたが、ミクの剣幕にミクを見下ろす。


「は…話し合いを…」


 一斉に睨みをきかせてくるドラグーンの戦士たちは異様に目が据わっていて、羽を広げ、爪を伸ばし、その手に剣を持っていた。


 その手をミクに伸ばしてくる。


「楽士様、お下がりください」


 ミクは覚悟を決めた。


 ミクをかばってくれるヴェスパ長もまた、シャア陛下のよき理解者だ。


 ならば…戦いを…今、彼らを止め、何かあればイーズ殿下が動いてくれる。


 ミクはバイオリンケースを開くと、バイオリンを構えた。


 バイオリンもやる気だ。


 それが伝わってくる。


 この地に来てこのバイオリンも生きて意思を持ったようで、ミクのよき友でありよい理解者だ。


「響け!」


 バイオリンと二人で選んだ曲は、『グノジェンヌ』の第一番、思考を揺さぶる曲だ。


 有名な曲だが不安すら感じさせる曲の気がするのは、ただの音楽好きの学生の主観であり、ミクはその不安に戦いへの不安を添える。


 戦いは不幸の連鎖を生むだけで、すごく嫌だ。


 ミクはバイオリンの弓を動かし、グノシエンヌに思いを寄せる。


 羽を広げ今にも飛び立とうとしていたドラグーンの戦士たちが膝をつき、手は砂を掴んでいた。


「楽士殿…っ…!」


「聞いてください!シャア陛下の誇り高い屈強なドラグーンが、三本爪で亡くなるのですか?調べた方がいいです!」


 バイオリンとミクの意思でねじ伏せたドラグーンの戦士たちがミクを見上げて睨んでいたが、


「イーズ殿下は医術師です。亡くなった人を見せてください。戦うのはそれからです!」


 バイオリンの音色で押さえつけ、飛び立とうとしていたドラグーンの奇襲は一旦停止した。



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