混乱するオアシス8
ご無沙汰です
「なんっ…なんだ、あの赤毛は。東の田舎騎士かなあ?」
裏道の隅で喧騒の見物をしていた商売人風に装ったロングビスが、隣にいるヨーグルとマンボに苦笑いする。
「次の手に移りますね、ビスさん」
「頼むよ」
ロングビスはにこりと目を細めた。
「しかし、本当に炙り出せますかねえ、辺境人」
マンボの言葉に賑わう市を歩き始めたロングビスは、
「うん」
と頷きつつ寝ぐらにしているアパルトに向かう。
賃貸のアパルトもそろそろ引き払い、ヴェスパに行かなくてはならず、砂ロバと案内人のネズミには砂金を支払った。
「辺境人は争いを好まない。争いを作れば何らかの形で現れる。知恵の実が生きていれば…ね」
「砂漠で干からびてるとかは?」
「それじゃあ、面白く無い」
ロングビスは弓形に瞳を歪めて、痩身のため低い階段をくぐりながら部屋に辿り着いた。
すでに甘水はあちこちの店に安値で販売し、その中の何個かに二十日花の根を漬けたものを混ぜている。
興奮作用のある甘水で、ガーランド遊撃隊では戦闘鼓舞のために飲んでいるものだが、他国には馴染みがないものだろう。
「いい感じだね。マンボ、実にいい感じだ。さあ、頼むよ」
噂も広まり、ヴェスパはピリピリしている。
「もちろんです」
マンボが手にした三つの鋼のしなりを持つ『鉄の爪』は、ウォールフの戦闘時の爪を模したものだ。
「しかし…これで辺境人を本当に炙り出せるんですか?ビスさん」
マンボがもう一度ロングビスに聞く。
「知恵の実と呼んだ方がいいね。あれの性質は基本、平和、平等、話し合いだよ。馬鹿馬鹿しいったら。でも、そんな知恵の実は、闘いなんかの緊急事態に能力を発揮する。僕らの知らない知識、行動、音声、臭気も含めて目を配るんだよ」
「は…はい、ビスさん。わかりました。知恵の実は捕獲後どうします?」
「ガーランド王国に連れて帰るよ。あの方がお待ちかねだ」
今回はマンボだけが動き、ヨーグルはサポートだ。
夕方…。
背中に三本筋の入ったドラグーン族の死体が、港オアシスを出て少しの砂漠で発見された。
ウォールフ族の爪になぞらえたそれにいきり立つドラグーン族の男が、その死体をヴェスパに連れていく。
それこそがロングビスの蒔いた種が、花開く瞬間だった。
噂は噂を呼び、懐疑は懐疑を生み、虚偽が真実にすり替わる。
「なんて甘美なんだろう…」
死体が砂漠を飛んでいく。
実際には二人のドラグーンに抱えられてだが。
「出てきてくださいよ、知恵の実」
ロングビスは細い目を更に細めた。