混乱するオアシス7
港オアシスを一眺出来る少し高台にあるオアシス管理屋敷にはモフル族があふれていて、空が叫声を上げる。
「ハムスター!ジャンガリアンハムスター!」
「きゃあああ、可愛い〜」
通りすがりのぱっと見巨大なジャンガリアンハムスターが手を振ってくれ、海もメロメロになっている。
「賑やかだな」
「すみません」
陸が謝る必要はないのだが、同行の二人が盛り上がってしまい気恥ずかしい感じで頭を下げた。
ここは砂漠で働くモフル族の拠点であり、東の大陸との交流の接点の唯一の港の横にある最初のオアシスになるそうだ。
大陸から商売人が来て店を開きモフル族やウォールフ族ドラグーン族の仲買に品物を売り、または砂ロバを繰り出すモフル族の幌馬車に乗り込み自ら各地のオアシスを回る語り師もいた。
そんな人の行商人狙いで花売りが、自らの身体を武器に褥でひさぐ商売をしているのだ。
「市の喧騒はいつもこんな感じですか?」
礼として遅い食卓にご馳走になっている陸は、南国のフルーツを口に入れる。
豪華とは言えないが温かみのある食卓には、ベアード以外にベアードの番い(ペア)だというしなやかなロシア猫を彷彿とさせるモフルーがいた。
「近頃は変なのです。ねえ、ベアード」
高めのアルトの声は中性で、男女どちらともわからないが、そもそもモフル族は人とは異なる種族で無性だと師匠が話していたことを思い出し、陸は詮索に蓋をする。
「うむ…それで、探し人だったな」
「はい、辺境人の少年を探しています。ジョバンニさんが船から逃がしてくれたそうなんですが、港オアシスに…このオアシスにはいませんか?」
すると猫のモフルーが何やら帳簿らしいものを取り出し、首を横に振る。
「私は港オアシスの入出に関わる帳簿を任されていますが、辺境人の少年がいる形跡はありません」
「紛れ込むなどは…」
「ありえません。そもそも港オアシスは商業オアシスです。基本的には商売人とその一行が場所代を支払い行商をします。奴隷も自由民もここには立ち入ることは出来ないのです」
丁寧冷酷に説明されてしまうと、陸にはぐうの音も出ない。
「そんな…そうですか…」
そんな伴侶の言葉に済まなく思ったのか、
「港オアシスに逃げ込んでいないのなら、一番近いヴェスパにいるやもしれん」
と告げるが、
「生きていればいいのですが…」
と猫の伴侶が追い打ちをかけてきた。
確かに…生きていれば、だ。
十五と言えば中学三年生か高校一年生。
水も何もなく砂漠に放り出され、生きていられる筈がない。
「そ…うですね」
食べるものがなんとなく苦く感じた。
「ねえ、陸っくん、これ」
がつがつと肉の塊を平らげていた空が腰のポーチから、泡ガラスの容器を出した。
「これは…」
陸が戦闘を止めた男たちが飲んでいた甘水の容器で、東の大陸では普通に使われているものだ。
「クスリのニオイがする」
陸がハッとして、ベアードに向き直る。
「甘水の売って入り店は?」
「数多い。しかも複数の商売人が出している。飲食店は小売から買うので、もう管理は店任せだ」
クスリに敏感な空が言うなら間違いはないだろうが、とりあえず泡ガラスの容器を出した。
「あの二人が飲んでいた甘水です。異物混入の可能性があります。うちの空は薬物調査のエキスパートですから、間違いはありません」
陸が言い張るが、そもそも阿片や大麻などを見たことはない。
「ベアード、貸してください」
番い(ペア)の猫モフルーがスン…と匂いを嗅ぎ、中の残りに指を入れて舐めた。
「微かですが…二十日花の香りがします」
二十日花…辺境で言うところの百合だ。
百合根は食用にもなっていたが、同じユリ科であるスズランやヒガンバナの根ははアルカロイドを含む毒性がある。
「二十日花の球根…」
陸は思わず口に出した。
「少量でも、毒。ここではクスリ…んと、狂う薬かも」
空が低く呟く。
辺境の百合とは違い、興奮作用があるのやもしれない…そもそも百合根は滋養の薬だとも言われている。
「そんな使い方が…ともあれ、港オアシスの甘水を全て回収する。ブリュージュ、頼む」
猫モフルーが頷き、急いで走り出りだした。