閑話 ファナの宝物
目の前の頑丈なログハウスは、以外にも丁寧な造りに見えた。
「確か…ガーランド城を作っていたモフルー達が片手間に作ったとクサカ様から聞いたことがあるわ。ファナ様が八年と半年ばかりを過ごした家だけど、一年の幾ばくかはモフルの森にいたからだったから、過ごしていたのは、そんなにも長くなかったのかも知れないわね」
家の周囲は雑然としていて、なんだか入るのが恐かった。
「なるほどな…」
「ファナ様にとっては、この屋敷は良くも悪くもあるのよ」
あの…惨劇の日から一度も帰らなかったファナの家…の扉を開けたそこに入った。
惨劇の後の室内は乱雑ながら意外にも小綺麗で、冬の燃え尽きた薪の匂いと、人が使わなくなって寂しい匂いとが入り交じっている。
大きなひと部屋に寝台がありソファがあり、リビングダイニングとキッチンの一体化した部屋では、祖父がゆったりと椅子に腰掛け、ファナはソファから窓の外を眺めていた光景を俺は思い出した。
「さて…使えるもんは全部持ってこいって、料理長兼屋敷建築士の命令だ。何から手を付ける?」
俺はラビット料理長が、食器や鍋が足りないと呟いていたのを思い出す。
「お皿やお鍋を持って行くのがいいわ」
「よし、袋にいれるぞ」
たくさんはないが陶器の皿や鉄鍋をティータが運ぶと、俺は小分けしてくれそれをトラック状になったランクルに運ぶ。
「ランクル、大物が行くからな」
馬ごと二台分は乗れそうな荷台を持ったランクルの車体は二つに別れていて、前の方の車体がゆさゆさと揺れ、まるで誇らしげだ。
あらかたの家財道具を押し込み、使えない服や雑貨は置いていくことにした部屋はがらんとして、ティータが毛布と夕食を持ってきてくれる。
「明日の朝、ラビットとハイムが来るからな。今日はお泊まりにすっか」
死体の重吾とは一定の距離を維持していないと昏倒してしまうことがわかった俺は、ランクルを小屋にひったりと停め、死体の重吾を乗せたままにしていた。
ティータの尻が上空で見守ってくれていて、万が一の時は教えてくれるから、安心だ。
ティータはクリムトと何やら仲良くなってしまい、俺としては悪影響が心配だ。
「私…ファナ様が苦手だったわ。ファナは完璧にリムだったのよ…。従順でヒトに逆らわず…。クサカ様はファナ様は王国の女王になるからと話していたけれど、ファナ様はその重圧に泣いてばかりいたわ」
簡素な食事のあと、ぽつりとティータが話してくれだが、俺は困った顔をしていたようで、
「あ!」
とティータが思い出したように暖炉の隅の煉瓦をはずすと、中身を取り出しジューゴに渡す。
「これ、クサカ様がお隠しになっていたものよ」
俺は無くなってしまう前でよかったと、ほっとした。
「ありがとうさん。さあ、寝ちまうか、明日は早いぞ」
俺は目を閉じる。
ファナ…お前の魂は、この身体にいるか?今の俺は、お前の嫌いな王だが…大丈夫か?
いつか…お前に返してやる…この身体を…根拠のない約束を意識下にして眠りについた。