砂漠の楽士10
裸体のレイモンドをぼんやりみていると、
「なに、じろじろ見ているのよ。やな人ね」
と女の子がレイモンドに服を渡しながら、ミクを睨む。
「す…すみま…」
ミクと変わらない背丈の女の子だが、ミクのほうがいかんせん痩せていて、カンドーラの金の繍をじろじろ見られ、短めに切ってもらった腕抜きビシュートを鼻で笑われてしまう。
「フラウワ、ブルーラグーンの騎士を頼む。しばらく休ませてやって」
「え?レイ?」
ミクは服を着たレイモンドに引っ張られて、丘を降りてしまい、
「ラーンスが…」
と慌てるが、レイモンドが
「ダイナナの特別を見せたいんだ」
と無邪気に駆けていく。
「レイ、レイモンド、待ちなさい!」
「無理!こんなにワクワクしたの、初めてだよ。ミク、おいでよ。フラウワ、騎士を頼んだよ。僕の寝台でもいい、寝かせてあげて」
手首を掴まれたミクは従うしたかなく、
「ラーンスを…お願いいたします」
と小さく呟いて頭を下げた。
「う、もう!」
フラウワが何やら叫んでいるのが聞こえたが、ミクはバイオリンケースと共に、湖のほとりまで走らされたのだ。
転ばなかったのが奇跡と言いたい。
「はーっ…はっ…はあっーっ…」
息を切らしたミクの横で、呼吸すら乱さないレイモンドが真っ赤な唇を綻ばす。
「時間に間に合った」
「な…何が…」
多分湖の一番端だと思われる場所に桟橋があり、魚を取るための小舟が結わえられていた。
昼前の日の高さはじりじりと暑いが、ダイナナは森があり豊かな湖のお陰かあまり感じさせない。
同じ太陽なのに不思議だ…。
ミクはひとけのない湖で、ひとつの白を見た。
湖に降り立った白い鳥が、またすぐに空に飛び立つ。
「あっ…」
たった一羽の真っ白な鳥が湖の青と空の青の真ん中、染まらないで飛んでいった。
ミクは中学時代に感銘を受けた短歌を思い出す。
白鳥は悲しからずや
空の青にも海のあをにも
染まずただよふ
白鳥は悲しくはないだろうか、いいや悲しいにきまっている。どちらの世界にも染まらずに漂っているのだから…。
「あいつは毎年、この日に来ているんだ」
まるで自分のようだ。
ミクは白鳥は自分だと感じた。
悲しくないわけではない。
むしろ悲しかったのだ。
「ミクの音は…少し悲しい」
ミクはレイモンドの顔を見た。
真っ白な綿毛のような髪の中で、青銀の澄んだ瞳がミクを覗いている。
「涙」
「え…」
ミクは自分が泣いていることを…初めて知った。
「僕も…悲しかったから」