砂漠の楽士7
「ミク…ウォールフ族だ」
ラーンスがミクを庇いながら立ち上がり、ひそ…と話してくる。
シャアほどの大きさのある白銀の狼…これがウォールフ…。
「あいつに乗ったほうがいいな。ニーモはへとへとだし…」
ミクは頷いてバイオリンケースを手にすると、ラーンスに続いて砂漠の砂に降り立った。
「正直…俺もへとへとなんだよ…」
ラーンスが登った後に狼の毛皮を掴んで登るが、存外柔らかくてビックリする。
「ふわふわ…」
「しっかり掴まって。モフルーよ、先に行く」
ふわ…と浮き上がるように飛翔した肢体は、あり得ないことに天を駆けたのだ。
「う…わあ…」
柔らかな毛並みにしがみついてミクは、その前でうとうとし始めているラーンスを抱き締めながら、その振動に身を任せる。
目下にピコとニーモが見て取れ、目前には砂漠の真ん中なのに大きな緑が見えた。
「すごい…」
天から見るダイナナは大きな湖を持つ、豊かで美しいオアシスだ。
この豊かなダイナナが、小さなオアシスというヴェスパと闘って何をしようというのか分からない。
第一、森の近く…西と大きな陸を分ける亀裂付近の比較的緑豊かなオアシスをウォールフが、砂漠の厳しい地域でも最低限の水さえあれば生きられるドラクーンが管理をする。
砂漠の中の方がオアシスは必要だ。
ウォールフよりドラクーンの方がオアシス数が多いが、西を支配していることにはならない。
『関係は平等なのだ』
そんな風にシャアも言っていた。
ヴェスパとダイナナがきな臭い…。
ミクはその噂こそが、おかしいのではないかと思うのだ。
「すごい…ねえ、ラーンス!…え?大丈夫?」
「身体の中の力が抜けてる感じで…眠い…」
白い毛皮に伏せたラーンスが、目を閉じて息を吐いており、次第に寝息に変わった。
「ラーンス…」
ラーンスの様子に動揺しているミクの耳に、まるでブルーラグーンのような広さと賑やかさのあるバザールを飛び越えると、人々の歓声が沸き立つ。
「ダイナナにようこそ、音を奏でる人」
白狼が笑った。
ウォールフ族の族長テールズとの会見は、ウォールフの主オアシスムーンガルドと、ドラクーンの主オアシスブルーラグーンの後方にある妖精の森モフルーの森と決まっている。
妖精リーフの世界樹湖に設けた席で、リーフに見守られながら誓約を誓う。
それが習わしだ。
「陛下、ミクをヴェスパに行かせたことを後悔しているのか?」
イーズに言われて、シャアは正装のための赤いトーガを纏う手を止めた。
「いや…私がいなくなるこの宮に一人にしたくはなかったので、ちょうどいい」
森には連れていけないし、ミクをここで一人にするよりは、半年も牢に入ってこの世界を知らないミクに見聞を広めてもらった方がいいと考えたからだ。
「では、シャア・ドラクーンとしては?」
「は…?」
一緒に妖精の森へ向かう訳ではないイーズが、剣の相手がいないために手持ち無沙汰な様子で肩を竦める。
「どういう意味だ?」
「俺はラーンスを気に入っている。このまま番いになってもいいほどだ」