砂漠の楽士4
「胎教にいいだろー。俺のいらいらもすっ飛んだ、ミクの音だぜ?」
胎教…?
ミクがピコを見るとピコが髭をくしくしと両手でこすり、そのあと慌てて手綱をとる。
「こども…いるの?」
「あ、はい。楽士様。まだタマゴだけど、ここに」
ピコが胸のところを押さえた。
「タマゴ?胸に?」
「うん。ニーモと番いになってしばらくたつけど、なかなか孵らないの。ここに留まったままずうっと…」
「胸に…赤ちゃん…」
お腹ではなくて、胸に赤ん坊が宿るというのか。
そもそも、ロバとジャンガリアンハムスターが結婚するとか、理科の時間でも習ったが、種としてあり得ない。
ミクが指だけ動かしながら思わず、ピコとニーモを見比べでしまうと、
「あー、そうだよ。やっぱ、お前辺境人なんだな。何も知らないし。気持ちのタマゴ。西では子はタマゴで生まれるんだぜ。クサカが話してくれた。けど、俺も初めて見る」
とラーンスがにやにやと告げる。
「クサカ…」
変な名前だ。
「ああ、クサカは辺境人でさあ。楽園で出るまで……いいか、死んだやつだし」
とラーンスは言葉を濁す。
「辺境人?僕の他にも…。でも、死んじゃったんだ…」
「うん…じじいだったし…」
辺境人の名前は二人。
一人は重吾。
一人はクサカ。
老人で死んでしまって…。
ガーランド王国には辺境人用の牢があって、ミクは半年近くそこで過ごしていた。
保護されていたと思っていたが、拘束されていたのではないだろうか。
ミクはバイオリンを弾くのを止めた。
「ん?どうした」
キラキラヒカルーと陽気にピコは音程を外しながらまだ唄っていたが、ミクはバイオリンをケースにしまうと押し黙ってしまう。
保護…していた?
でも、あれは牢だった。
何のために?
ピコが手綱を引いて、ニーモを止めさせた。
「ピコ、どうした?」
ひくひくと長い髭を揺らし、ピコが叫んだ。
「ん、なんか来るよ。楽士様、騎士様、伏せて!」
ミクがバイオリンを抱き抱えラーンスと荷物の間に伏せると、砂がざあっ…と音を立てて舞い上がり、太陽が隠れて影ができる。
「砂漠ムカデか!ピコ、迂回するぞ。ルートを探れ!」
「うん!」
後退が出来ない砂橇は横にスライドし、ニーモが早足で駆け始めた。




