砂漠の陰謀7
「ヴェスパの、陛下のお膝元のバサールで羽を広げたそうだな。羽開くとは、戦いの証。陛下に仇なすつもりか」
別のオアシス長が、オアシスヴェスパ長に言い放つ。
椅子に座るのは、シャアとイーズだけで、オアシス長は床にひかれた絨毯に胡座で、左右の壁には宮殿警護兵が槍を持って立ち並んでいた。
その中で帯刀しているのは、シャアとイーズ、それからラーンスだけだ。
ミクはヴェスパ長がいきり立ち上がるのに、びくりと震え上がる。
「ひっ…」
息が漏れてしまい、ミクをちらりと見て、ヴェスパ長が、
「あ…いや、楽士様…大丈夫です」
と腰を降ろす。
ミクは息を深く吐いて、剣に手をかけたラーンスも緊張を解いた。
「実は…我々の気が立っているのは、隣のダイナナが侵攻してくるという噂が流れてきたからです」
「ダイナナが?ウォールフとは、陛下が不可侵条約を結んで五年。オアシス同士のいさかいはないはずだ」
身を乗り出したイーズが、横のシャアを見る。
「確かか?その噂の出所は?」
ざわつきはドラクーン全オアシス長に広がり、ヴェスパ長が頭を下げた。
「はい、陛下。行商人が来まして、話してくれました。そのあとには流しの語り屋がヴェスパに来て、南や北の様子を語り、そのあとにダイナナにウォールフの王子がいると…」
「ヴェスパ長よ。王子がダイナナにいるからといって、戦いになるとは限らない。捨て置け、噂だ」
シャアの低い発言にも、ヴェスパ長が首を横に振った。
「それだけなら…」
「それだけではありません。港オアシスでも噂は持ちきりです」
さらにざわつきは大きくなり、別のオアシス長が声を荒げる。
「港オアシスはモフル族のオアシスだぞ。モフルーは誠実で嘘をつかない。つまりは本当か!ヴェスパの、我がオアシスが加勢するぞ」
「我がオアシスもだ」
口々に戦いに対しての言葉がけをヴェスパ長に伝え始め、広間は混沌としたところで、ミクは動揺してシャアに歩み寄ろうとしたが、その声の混乱を封じたのはイーズだった。
「陛下の御前だぞ!乱れるなっ!」
恫喝のような一声で、オアシス長だけでなく、壁に張り付く兵まで硬直し起立を正す。
その広間をぐるりと見渡し、シャアが冷静な低い声で告げた。
「細意明確まで、動くことまかりならん。解散だ」
「はっ!」
オアシス長が一斉に頭を下げ、シャアが出ていってしまうから追いかけようとしていたミクを、ラーンスが止める。
「イーズが行く。俺たちは少し待とう」
シャアを補佐するイーズが席を立ち上がり、広間から退出すると、オアシス長たちが口々に言い始める言葉に、ミクは耳を塞ぎたくなった。
シャアは優しすぎるのだと。
弟殿下の方がドラクーン族の族長にふさわしいと。
長子相続は無意味だと。
「ひどい…」
ミクは泣きたくなった。