砂漠の陰謀6
「なんだ…この音は…」
柔らかい低いフレーズに、男の動きが止まる。
ミクはただ女の子が斬られないよう、この場を鎮めるよう心からバイオリンの音色にこめた気持ち。
「…力が抜ける…なんだ…これは…」
男の羽が背中に縮まり亀裂へ入ると、赤くなった皮膚が次第に戻ってしまった。
「なんだ…これは…これは…」
へたへたと座り込んだ男は剣を投げ出すと、大きな深いため息をついて涙を流す。
「……すまない…」
「馬鹿、お前は!」
連れらしい男も泣き出し、別のオアシスの男に詫びを入れた。
「ミク」
「あ、はい」
ミクはシャアが指を指す女の子を助けるためにバイオリンをしまい、土で汚れてしまった饅頭を拾うと、女の子に渡す。
「あ、楽士様!やっぱり楽士様のバイオリンだった」
汚れてしまった饅頭を手にした少女はミクに、にこにこと笑い掛けてきた。
怒りに任せて戦いに赴こうとしていた男は脱力して座り込んでいるのに、女の子はぴょんぴょんと嬉しそうにしている。
「大丈夫?」
「なにが?」
「バイオリンの音は」
女の子は不思議そうな顔をしたが、
「すごく綺麗な音だった。身体にくるくるって風が来たの。キラキラボシみたいにわくわくはしなかったけど。ねえ、楽士様、キラキラボシがいいなあ」
とはしゃいだのだ。
つまり…向けた思いに当たる人のみが…影響する。
そんなおぼろ気な気がして、ミクは次第に引いていく野次馬の中で、ヴェスパの男が警備に連れていかれていくのを見ていた。
「どのオアシス村でも、もはや陛下と殿下のような完全体になる者は生まれてはおりません。羽持ちすら減少しております」
「平和が停滞を生んだのか?」
「平和の何が悪い!」
「陛下には早く番っていただかないと」
「おお、そうだ。うちのオアシスには羽持ちが多くおります」
どうやらシャアについて話が盛り上がっているようだが、当のシャアは涼しい顔をしている。
「じいさまばっかだな」
「ラーンス、失礼だよ」
「そっかあ?」
シャアとイーズの座る椅子の後ろの薄絹のカーテンのドレープに隠れるように立っていたミクとラーンスを見咎める者が現れた。
「ところで…陛下と殿下の背後にいる小僧どもは?」
シャアが無言で手招きをして、ミクはラーンスと顔を合わせてから、ラーンスの後ろにつかされ、シャアとイーズの並び椅子の横に立つ。
「金髪の方はラーンス。イーズ付きの騎士として、身辺警護をしている。リムに詳しく、今南へ侵攻するガーランド王国の知識も豊富だ」
ガーランド王国と聞いて、オアシス長がざわついた。
「ミクは私の楽士だ。特殊な音色の楽器を操り、我が身を助ける。ヴェスパ長、分かるだろう」
ヴェスパの飾り帯は赤い刺繍があり、老齢の長が顔を上げる。
「かの…かの楽士様…ありがとうございました…」
「彼の息子だったのだよ。バサールで暴れたのは」
あ…っとミクは思った。
だから怒りが強かったのだ。