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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第十三章 西のオアシス
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西のオアシス10

「東は辺境人を保護すると聞いていたが、間違いだったのか?」


 ミクは一人だったから分からないのだが、とにかく人に接することない半年間で、最低限の衣食住と会話だけで過ごしてきた。


「辺境牢にいました。他にも牢がありましたから、多分…僕と同じような人はいたのだと思います」


 市場というかひしめき合う露店のような小さな個人店は、色々なオアシスの物もあれば、他の地域からの商店もあると言うシャアは、亭主に小さな袋から何やら取り出すと、揚げたてのパンのようなものをミクにもくれた。


「北の地域特有の甘いパンの揚げ物だ。親父、食べながら歩く」


「毎度、陛下!」 


 シャアが店を出ると慌ててミクも出るが、人混みの中に混じり、引かれた腕に驚いてパンを落としそうになる。


「わっ…あ…っ」


 左手にバイオリンケース、それに右手に揚げパンだ。


「大丈夫か?ほら…手を繋ごう」


「でもバイオリンケースを…」


 手首にバイオリンケースを引っ掛け、揚げパンを持つことは少々無理でミクが困っていると、


「そうか…では、こうしよう」


 ふわ…と肩を抱き寄せられる。


「これならばミクの速度に合わせて歩けるし、なによりもぶつからないだろう」


「え…あ、はい…」


 まるで守られているようで、なんだか恥ずかしい。


 ミクはまるでお姫様のような…女の子のような扱いに、どうしていいかわからなくなる。


「具合でも悪いか?半年も人目に触れずに…人混みに…」


 バザールの人の多さに人酔いを考えたシャアが、慌てて人の少ない路地に入った。


「違う…違うんです!あの…陛下が…陛下が…優しすぎて…」


 引き留めたミクは、シャアを必死で見上げる。


 不安になる。


 ここでまた…裏切られたら…。


「ふ…」


とシャアが笑い掛け、


「う…ん…」


それから考え込み真面目な顔をして、


「ミク」


「は…もが…!」


と、ミクの口に揚げパンの欠片を押し込んだのだ。


 揚げ油と甘いパンの溶けるような舌触りに、ミクは嚥下した。


 こんなに甘いパンは初めてだ。


「おいし…」


 ぽん…とシャアがミクの頭に手を置き、


「ミクはこんなに小さいのに、半年も命の危機を感じながら牢にいたのだ。私は年長者として、この世界の人間として恥ずかしい」


とまるで臣下がするように、ミクの前に片膝をついて礼を取る。


「半年間必死で生きたミクを、私は尊敬する」


「陛下…」


 泣きそうになるが、シャアが再び口に揚げパンを押し込みそうになるのを阻止するため、手の中のパンを頬張った。


「美味しい…」


 シャアが立ち上がり満足気に自分のパンを口に入れ、


「私はこういったバザールの買い食いが好きなのだが、誰も付き合ってはくれないのだ」


と苦笑いする。


「僕は…僕はこういうの大好きです。よかったら僕、お付き合いします」


 シャアが食べ終わった指をペロリと舐めながら、本当に嬉しそうに笑ったのだった。



 

 


 

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