見知らぬ世界8
ガゼルはループスが刀の鍔に手をかけたのを見て、一歩下がった。
剣ではなく大太刀を腰から飾り紐で下げるループスの姿勢は、昔と変わらないでいる。
何度も苦境に立たされ苦しんだループスは、柔和で美しい美貌を持っていた。
ガゼルにとって誰にも変えがたい主君であり、出会った頃からそれも変わらない。
「奴隷売人に売るのは、下層の犯罪者のみとしていたが…」
老爺が震え上がり後ずさった。
「病気で…はい…ひっ…」
「奴隷売人に…売ったか…」
すらりと太刀を抜くとキィィ…ンと鍔なりをし、
「え、いえ…すみません!すみません!すみませんっ!」
ループスが太刀を老爺の胸に突き立てた。
「ひっ…」
「喰らえ、喰狼」
大太刀の刃が老爺の胸にめり込むと、老爺は刺される傷みと共に、内側から引っ張られる感覚を感じた。
ぐちゅり…ぐちゅり…と体内で違和感のある振動を感じて、老爺は自分の胸元を恐る恐る見下ろす。
刃に…口があった。
鋭い牙の生えた口が自分の肉を…食んでいるのだ。
まさに喰らう…そして喰らわれている。
「ひっ…ひいいい…ひいいい…」
心臓が喰われる恐怖はぎりりと傷んた。
老爺は言葉にならない悲鳴を上げながら断末し、倒れ込む前に太刀を抜かれひと斬りざくりと切り下ろされる。
「ごぼ…ごぼ…ごっ…」
肩から太刀が入った振動で肺に残っていた空気が口から血と共に漏れ、太刀が触れたところから血肉は吸い込まれた。
床に崩れた老爺は服を着た骸骨になり、緩んだ胸元から血まみれの砂金の子どものげんこつにも満たない皮袋がぽろりと床に落ちる。
「安く買い叩かれたものだな、ミク」
舌舐めずりをする太刀を鞘に納めると袋をガゼルに手渡し、ループスは何事もなかったかのように、ミクのいない牢を見つめて、
「奴隷売人を追え。ミクを西に渡してはならない」
と告げる。
「は。しかし、遊撃隊は王命により南へ進撃して行きますが…」
王は付け焼き刃の軍隊を…自分の息子を旗印にした王国軍を信用していないのだ。
「ふむ…クリムト領地か…」
「はい。クリムトは南で最大であり、一番多くのリムがいます。豊かなクリムトを占領し、功労騎士に分割し下げ渡す采配かと…」
「王子を囮に遊撃隊に実を持たすのか…国の軋轢にならなければよいが」
ガゼルがその発言に、思わずと言ったように苦笑した。
「なんだ?」
「ご自身を思い出されての、発言かと…」
それに対し、ループスも肩を竦めて笑ってしまう。
「…嫌みな男だな。確かに…そうだな…」
二人の男は思わず思い出した昔に、失笑する。
「仕方ない…。クリムト領地を制圧する遊撃隊から割いて、数人かを西に渡してくれ。知恵の実は必ず連れ戻せ。傷はつけてもいいが、喋ることができるようにしておけ」