見知らぬ世界6
それはミクが祖母から貰い受け、なんだか取り憑かれたように練習し、自分自身の片翼としてなくてはならない一部となったものだ。
その情熱が逆に今回の事態を引き起こすことにも繋がったのだが…。
「僕の…」
毎日何時間も弾いていたのか分からないくらい没頭した愛機だから、自分のバイオリンの癖はわかる。
低音が甘く、高音がファルセットになる癖は、やや調律の悪いミクのバイオリンだけだ。
つまりはそれほど名器ではなく、大量生産の古い楽器だ。
重量級の羽音がして、夕陽が陰る。
ミクが見上げた先には羽があり、夕陽に輝きまるで赤い彗星の如くミクの上を旋回していた。
「んん?なあ、お前、こちらの方でいいのか?」
「陛下、もうお止めください。って、言うか、辞めてくれ!」
「ドラコン…が…いる…」
茶金に輝く長い髪の青年が手にしているのは、見覚えがある…
「僕のバイオリン!」
とミクが叫ぶと、剥き出しになっているバイオリンが家鳴りのように狂った音を自ら立ててミクを呼んだのだ。
「バイオリン…?お前がこの木製道具の持ち主か?辺境人だな」
青年を羽と羽の間の筋肉質な背に乗せた赤いドラコンが、砂漠に静かに降り立ちミクをじっと見てくる。
その睨むような瞳は紫水晶のようで、ミクは震え上がり二の句が告げられないでいた。
「ふむ…では、質問を変えよう。お前は…奴隷か?自由民か?」
「ドラコン…が…喋って…」
「ほう…私をドラクーンと知っているのだな。面白い。奴隷の焼き印はあるか?」
「な…ないです」
ミクが震える声で何とか返答すると、ドラコンが瞳を細めて笑う。
まるで…人間みたいだとミクは思った。
「では、自由民だな。お前はドラクーン族の長シャアが貰い受けよう」
バイオリンを手にしていた茶金の髪の青年が、ドラコンの背から降りて、まだひとりでに鳴り続けるバイオリンをミクに手渡してくれた。
「ああ…鳴りやんだ。驚きだな、今朝からあんなにうるさかったのに」
「だから、言っているだろう。木製道具は主を求めていたのだと」
「さすがは陛下。先見の明がおありで」
「茶化すつもりか?賭けは私の勝ちだ」
「はいはい、わかってます」
青年が苦笑いすると、気を失っているラーンスを片手で抱き上げてしまい、ミクは膝が立たずにいたが、慌ててラーンスのコートの裾を握る。
すると、ミクもひょいと片手で抱えられ、まるで子犬のようにドラコンの背に乗せられた。
「大丈夫だ。シャア陛下の治めるオアシス、『ブルードラクーン』に連れていくだけだ」
ミクは力の入らない手足で必死に、おとぎ話で読んだり挿し絵で見て想像したドラコンの滑らかな背にしがみつく。
温かい…体温があるんだ…。
意外にもドラコンは温かく、恐竜は温帯動物だったんだな…とドラコンの背に顔を埋めた。
ふわりとした浮遊感に襲われたが、目眩がしそうな熱く苦しい意識が遠退き、そこから記憶がない。
「おい、お前!へ…陛下、早く。俺一人で二人も抱えて、騎竜するのは…」
「確かに…。しかし、両手に花ではないのか?」
「この状態で…言うか?おい、お前、辺境人の子!起きろ!」
ただ、ラーンスを抱き止めたままの青年が、何やら声を掛けてくれていたような気がするが、ミクはただバイオリンを抱き込み、ドラコンの背で昏倒してしまった。




