見知らぬ世界4
ガーランド王国の船着き場から見えた景色はまるでヨーロッパの農村風景だったが、北の断崖を迂回し西の船着き場へと向かう風景は明らかに違った。
見える世界が乾いていた。
木々の生えているところはまばらで、しかもすなばかりに見える。
「砂漠…」
ミクの呟きに、同じように座り込んだラーンスが金の頭を横に振りながら答える。
「西は砂の世界だ。さらさらの砂とわずかな水だけでは、リムは太刀打ち出来ない。リムが唯一生まれない地域で、リムを必要としない。ただ、必要なのは働き手だ」
だから…奴隷…。
焼き印は奴隷の証だ。
「さあ、西の地に着いたぞ。よく働けよ、お前たち」
一日ほど乗っていた夕方近くに、川岸に付ける気配がしてきて、ミクは緊張する。
「お前たちを引き取りたくててぐすね引いてやがる。おい、お前は幾つだ?」
奴隷商人が手揉みをしながら、川岸に集まる幾人かに手を振った。
「じゅ…十五…です」
ミクがそう告げると、
「辺境人、成人してるな。お前は繁殖用だな。値を釣り上げられるぞ」
奴隷商人がにやにやとミクを舐め回すように見てから、人数を数え始める。
「ミク、同じ年か…。なあ、着いたらすぐに走る」
「うん」
ラーンスは剣を取り上げられているが、ブーツに一本小さな剣を隠し持っていると囁いて、ミクは何度も頷く。
学生服がひどく暑い…陽射しがガーランド王国とは違い厳しい気がした。
亀のマルクルごと船が砂地に乗り上げ、檻のような丸木板が外されて、奴隷商人がまだ気絶したままの子どもを抱き上げる。
ジョバンニがミクとラーンスを両手で抱え挙げると、
「演技をする。その隙に一番近いオアシスまで走れ。生きていたら、また、会おう」
そう低い声で言い放ち、亀の甲羅から飛び降りると叫んだ。
「い…いてえ!お前ら!」
手が離され、とん…と背中を押され、ミクは運動靴で踏ん張り駆け出し、ラーンスがその後を追ってくる。
「あ、待て!おい!」
ジョバンニがすかさず巨体を転がるように、
「いてえようっ!」
と毛深い腕を振り回しながら地面に転がり、奴隷商人が追いかけるのを防ぎながら、
「噛みつくなんて、奴等獣以下だ!。躾がなってない!モフルーを噛むなんて、東の!なんだあれは!」
とケチまでつけ始めた。
「え、あの…モフルーの旦那。奴等噛んだんですか?」
「ああ、モフルーの毛腕に思いっきりな。躾が悪い!奴隷にはならんぞ、あの悪ガキは!」
動揺した奴隷商人がおたおたと腕を無意味に振るなかで、ミクはその演技の怒声を聞きながら走り続け、誰も追っ手がないことを知ると、後ろから付いてきたラーンスに振り返る。
「もう…はあっ…はっ…追っては来ない…」
「おまっ…え、足早いって…」
しかしミクは急に足が重く感じ始めて、かくん…と膝をついた。
両足が…膝が震えて立てないのだ。
「あっ…」
半年…収監され萎えた薄い筋肉が悲鳴を上げ、瞬発だけだったことを物語る。
「ミク…歩けるか?」
「う…うん…」
ラーンスの肩を借りてなんとか炎天下の砂漠を歩き始めて、何とかオアシスがおぼろげながら見えてきた。