見知らぬ世界3
点々と石造りや木の組み上げの家があり、どうにもヨーロッパのアルプスの風景にしか見えない。
テレビで見たことのある場所みたいなのだが、そうであれば片言の英語が通じる筈なのだが、全く通じないし、何より文字が違う。
隔絶された地域なのかもしれないとぼんやり思っていると荷馬車が止まり、ラーンスとともに担がれ下ろされると、イア川の畔で大きな船に投げ入れられた。
「うわっ…」
まだ動かない身体のため、前手に縛られた腕が捻りラーンスの顔面に当たり、ラーンスの鼻をしたたかに打ってしまう。
「いてっ…ミク、この野郎!」
「ごめんなさいっ…」
ミクが慌てて転がり退くと別の子どもにぶつかるが、こちらはまだ気を失っているようだ。
見渡し十人近くが重い面持ちで水面を眺め、力なく肩を落としている。
女子どもが多かったが、痩せた男も数人いた。
「やばいな…奴隷船だ…」
ミクが近くにあるラーンスの顔を見上げると、ラーンスがミクに顎をしゃくる。
奴隷…いつの時代…奴隷制度廃止って習ったよな…と、ミクが驚いていると、
「見てみろ、モフル族だ。海はモフルの船でしか渡れない」
と囁かれ、船頭の姿を見てミクは悲鳴を飲み込んだ。
「ひっ…」
ゴリラが二足歩行で棒を握っていて、水面から亀頭がにゅううと現れ何やら話しており、テレビでちらりと写ったことがある映画のワンシーンの様に見えた。
「亀が…喋ってる…」
しかも船とか言っていたが、亀の甲羅に板状の囲いがしてあるだけの丸太船だったのだから。
二足歩行の喋るゴリラと、大きな亀なんて、昔の特撮映画化かにかしか思い浮かばない。
「モフルーの旦那、出発してくれ」
奴隷商人らしい男が別の馬車の子どもを乗せると、ゴリラに話し掛け、ゴリラは
「はいよ。はじめは揺れるぜ。頼むぜマルクル」
と大亀の首を棒で軽くつついた。
ぐ…んっ…と後ろに弾かれる遠心力を感じながら、波を立てて泳いで行く亀の背中で揺られていく。
動き出すと服を着たジャイアントゴリラが、ミクの近くに歩いてきた。
「ひっ…」
ぎょろりとした獣の目で見下ろされ、少し毒が抜けたのか動くことが出来た腕で顔を覆う。
ジャイアントゴリラはそのまま見下ろした仕草のまま、ミクに低い小さな声を掛けてきた。
「俺を見て驚くなら、お前は辺境人だな。俺はモフル族のジョバンニだ。仕事で西と東の渡しをしている。相棒はマルクル」
亀の甲羅にトントンと杖をつき、モンテーロが泳ぐ手を止めてヒラヒラと舞うように左手を挙げる。
「辺境人には恩がある。身体に奴隷焼き印はないか?頷くだけでいい」
ミクはどこも痛くはないので、ラーンスをちらりと見て頷いた。
「ならば、船から降ろされたら全力で逃げるんだ。焼き印がなければ自由民として生きられる」
ジョバンニが無言で亀頭の方へ行くと、ぐったりと座っている女子どもの左肩腕の焼き印を確認した。
「転がっていても指先とか身体を動かして毒を抜けよ。すぐに逃げるぞ」
「う、うん」
もぞもぞと動いて、ゆっくりと海流を渡る船の中で身体の自由になる部位を増やしていく。
少し起きられるようになり、なんとか船の縁に拘束された手ですがり付くと、海が渦を巻いているのを見て驚いた。
あちこちで渦を巻き、ジョバンニはそれを避けるよう棒で亀のマルクルの首を突っつき、海の道を示して安全な箇所を小刻みに通っている。
「モフルーは獣の力を持つ優れた奴等さ。自然の力を借りるだけのリムとは偉い違いだ」
何故かラーンスが苦々しく呟いた。