見知らぬ世界2
「あっれー?落ち着いてんな、辺境人って、こうなの?」
辺境…多分日本のことを言うようだと、赤い羊紙に書かれていた注釈を思い出す。
「ど…動揺しすぎて…」
瞳はビー玉みたいな綺麗なブルーで、その目で見られるのが少し怖い。
腰には剣もあり、振り回されてしまえば傷もつくが、それよりもこの侵入者が自分の牢にいて、それが見つかる方が恐ろしかった。
「でもさあ、お前、辺境人らしくないよな。あ、でも、ここ辺境牢だし。ジューゴったら、黒髪黒目でさあ。お前は髪色、灰色だもん…。瞳もブラウン…むぐ!」
こんな狭い牢で声を垂れ流す金髪の西洋人形の、自分と同じくらいの年齢だと思われる少年の口を両手で塞ぐ。
「しーっ!ほんと、君は誰?」
「…わーったよ…お前は?」
牢の隅に小さくなり、能天気な侵入者にも無理矢理座らせ、
「ミク」
と呟き、もはやミクウと言うことすら諦めていた。
「ミクか…俺はラーンス。なあ、ガゼルを知らないか?」
「ガゼル?僕はループスさんしか…」
「ループスかあ…俺はガゼルを殺しに来たんだよ…ったく…」
ラーンスと名乗る少年はふーっと深くため息をついて、
「レンの姉さんは、ひどい目に合うし…俺は…なんも報いることは出来ないからさあ…」
と頭を抱える。
ラーンスは綺麗な顔に薄いそばかすが浮いて、半泣きの表情をしていた。
勝手に入ってきたラーンスは勝手に泣いて、勝手に騒いで、こっちの命を脅かそうとしているのに…。
「俺さあ…リムから…あれ…」
ふわっ…と、ミクも意識が揺らぐ。
「う…なに?」
煙のような臭いがして気持ちの悪さを感じて、ミクは膝をついた。
なにか…変だと低い位置に顔を寄せると、ラーンスも同じように伏して薄目を開ける。
思わず赤の羊用紙の手書きの本を布越し抱き寄せて、なんとか伏した。
荒々しい足音がして、複数の声がする。
「今回の奴隷は…二人か。運べ」
「内々にですからの…内々に…本当に…」
老爺はどうやら砂金を握り、嬉しそうに何度もそれを繰り返していた。
「わかっている。上には病死したとでも言っておけ。こちらも人が足りないからな」
上…。
ミクはループスの横顔を思い起こしながら、意識を失う。
「死にたくない…」
ミクは思わず呟いた。
規則的に揺れる振動の中で、ミクは目を覚まし広い青い空を見上げる。
「起きたか」
揺れている中でラーンスが同じように転がり、そばかすの散る鼻を鳴らした。
「ラーンス…」
「煙毒茸の煙にやられた。まだ動けないだろ」
裸馬車の荷台に転がされているようで、ミクは荷台の隙間から外国の目に見える範囲の全貌を見つめる。
「ヨーロッパ…?」
「は?ガーランド王国だってば」
ガーランド王国なんて世界地図にはなかった。
ヨーロッパの小さな国なのか?
背後には日本の有名なテーマパークの白亜のような美しい城が見え、針のような杉木が映える深緑とのコントラストが眩しいほどだ。