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辺境の死体は今日もダルい  作者: 沖田。
第十二章 見知らぬ世界
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見知らぬ世界1

 空には、三つの空があるの。


 ヨーロッパの空、アジアの空、アメリカの空…ああ、アフリカの空もあるけど、バイオリンには暑すぎるでしょ?


 あなたの名前は、その三つの空に音色が響くようにつけたの。


 三空…みくう…素敵でしょう?


 『みそら』だと日本の有名な演歌歌手になるわよ、やめてよママンと、名をつけてくれた元バイオリニストでフランス人の祖母に母が必死で話していたが、譲らなかった…らしい。


 らしいと言うのは孫が生まれてすぐ、祖父と離婚してフランスに帰ってしまったからだ。


 祖父退職の折りの熟年離婚である出来事は、祖母が癌に侵されていたからだと知り、フランスの病院に見舞いに行った時には、くちゃくちゃのしわしわになった斑点だらけの腕で、三空を掴んでバイオリンをくれただけで話しも出来なかった。


 いや…話していたのかもしれないが、彼女の話していたのは日本語ではなかった気がするから、記憶に薄いのかもしれない。


 今の自分と同じだ…。


 少し前の自分も誰にも分かってもらえず、何も分からなかった。


 足を引き摺る音が聞こえ、陶器の皿に食事を載せたいつもの声がする。


「ミク、飯」


「あ…ありがとうございます」


 嫌がらせに合いバイオリンを人質にされ、盗んだバイクで高速道路から落ちて、目が覚めた先が外国だなんてとんでもないと泣いていた日々だったが、ループスに一冊の手帳を差し出されて、泣くのが飽きてからぺらぺらと手書きのページをめくった。


「あなた 話 教える 失敗 死ぬ」


 指差された文字らしき楔型と、ゆっくりとした話口に、自分の置かれた状況を理解していく。


 話をしなくては、殺されるだけだ。

 

 地下牢に監修されて半年を過ぎた今は、何とか話して読み書きが出来る。


「あの、ループスさんは…」


 地下牢を管理している老爺は耳が遠いのか、こちらが話すことには反応してくれない。


 ループスが来ないなら、今日はいつもの手帳を読んでいるしかない…もう覚えてしまったけれど…。


 赤いなめし革の手帳は、日本語からこちらの言葉を書き表した辞書のような物だ。


 それを胸ポケットにしまい、ミクと呼ばれることに慣れた自分にため息をつく。


 ミクウは言いにくいらしいのだ。


 そんな半年を過ごした。


 話すのはループスだけで、老爺は基本無言、王や王子は決められた時間に一方的にミクが話す。


 イア川からガーランド王国の裏門に流れ着いた幸運がミクの命を救ったが、収監され続けて牢からでられるのは、王と王子に歴史を話すときだけだ。


 毎日のように来てくれるループスとは違い、半年間着続けていた学生服の身なりを整えて床に膝をつき、教科書で習った世界の歴史を、王と王子が飽きるまで話続ける。


 生き延びる術は、ただ話続けること。


 たかだか十五歳、高校に入りたての、しかも、私学に特別推薦で入学したミクにとって、受験勉強程度の知識しかなく、かなり必死ではあった。


 そんな中でループスは日本の歴史を好んで、特に小学・中学歴史で知り得た江戸時代までの話を繰り返し習った知識を吐き出すと、ループスは静かに聞いてくる。


「君は…その世界で満足か?」


 ミクは多分…首を横に振ったのだと思う。 

 

 青銀の大振りな巻き毛に横顔を隠し、ループスが少し笑ったようだった。

 

「あれ…れ?位置間違えた?」


 ゴッ…と後ろの天井の石が落ちてきて、にゅうと首が出る。


 綺麗な金のおかっぱの髪と、濃紺の服が鮮やかにミクの牢獄を彩り、ミクは


「だ…誰?」


と小さく尋ねた。


「侵入者だよ」


 悪びれることなく笑うが、老爺がふいに耳がよくなり、現れるかも知れないからだ。

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