序章 旅立ち
月明かりの白の楽園の瓦礫の中に、親子がそっと歩んで来た。
「母さん、虫の部屋も壊れてる」
リムの楽園が無くなり…数日。
虫女官と呼ばれていた女は、リムを管理していた辺境人から言われて、楽園にあるものをセントラルに売っては砂金に変え、村へ分配している。
それを最後の仕事にしていた。
楽園には恩義がある。
女が最初に生んだ娘は、リムだった。
リムは生まれてからすぐが困る。
赤子からしばらく力をコントロール出来ないリムは家を壊し、人を傷つけることすらある。
近くに楽園があってよかった。
楽園に通いつめ働きながら五つの成人まで一緒にいられた。
娘の旅立ちも見ることができたのだ。
勿論、母子として見守ることは出来なかったが、虫女官として今いる子を背負いながら、箱庭を走り回りリムの力を年上のリムから学び笑い合うリムの娘のために、虫の布でポンチョを作り、彼女のマスターに渡すことが出来た。
「母さん?」
「何でもないよ。ひどい有り様だね」
雷が落ちるような振動と光の柱の後の瓦礫を取り除き、虫の繭が見えるようにしたが、月明かりに茶色くなっているようだ。
「もう虫の布はないよ、母さん」
虫の吐く糸を紡いだ布は、リムにとって唯一着られる布であり、辺境人たちは『シルク』と言っていた。
「虫の繭が…」
巨大な虫の繭の端が薄かったのかこじ開け、ぬうっ…と身体が出てくる。
まるで濡れた生物のようなそれは真っ黒な眼を持ち、白く光沢のある一本虫ではなく、羽が生えていた。
月明かりにじっとして繭を細い足で掴んでいたそれは、いきなり燐粉を撒き散らしながら西に飛翔し、親子を驚かせる。
「母さん…残った虫の繭が…ある。売らないと…」
多分もうじき…ガーランド王国の直轄領地になるか、新しい領主が来るのか分からないが、砂金は隠し持つ方が良いだろうし、最後に残してくれた虫の糸を無駄にはできなかった。
「わかった。村に持ち帰りましょう。一気に紡がないと」
虫女官は息子の言葉に頷く。
「すぐに運べるようにしないとね、母さん。僕、馬車の手配をするから、待ってて」
仰ぐと、西の空に飛んでいる虫の様子が見えた。
ただ、無心に西へ……。




