閑話 マスターハイム
改稿済
「ここが…グランディア王国の…屋敷…」
多分、クリムトの屋敷よりも随分小さな木の組み上げた家を見ての、率直な感想だろう。
真夜中から明け方の白んだ光がログハウスを照らし始めていた。
だって元々は可愛い伴侶リムと二人暮らしの予定だったのだからと、ハイムは一人心地になる。
「うん、俺が作ったのだが…やはり小さいかな」
座席に座れるようになったハイムが、クリムト女領主に笑いかけた。
「い、いえ。大きい小さいは関係なく…とても…とても温かい雰囲気があります」
慌てて言い直すクリムト女領主だけがジュリアス王国を通りすぎ、グランディア王国へ行くと言い出し、領民をジュリアス王国に任せ来ているのだ。
ランクルが止まり、
「おおーい、ラビット。手を貸してくれ」
とファナが叫ぶ。
丸一日の遠征に、ティータは小さくなって眠っていた。
屋敷の向かって右側の裏扉から、黒いサロンエプロンをかけた厳ついラビット調理長が現れ、
「おお、お帰り。一日振りだな」
と遠征を労いつつ、ハイムは再びファナの言う『お姫様抱っこ』をされる。
「なっ…なんでこの運び方…」
「ばーかーたーれ!嫌がらせだな。無茶をしおって、山蛇の毒なんぞ…なっとらんな」
ラビットはファナから習った辺境の新妻抱擁の魅業『お姫様抱っこ』を嫌味で使っているようで、しかもファナも嫌がらせでハイムの長身を抱き上げたようだ。
「あんたさんは…どちらさんだな?」
首まで覆う純白フリルに血みどろの彩りが変色し掛かっていた女領主が、ラビットに頭を下げる。
「クリムト領主の…」
「ラビット!ティータが寝てて動かん。扉開けてくれ!」
「うお、待ってな。ハイム、先にベッドに」
ラビットがハイムの部屋の扉をクリムト女領主に開けさせ、乱雑にハイムをベッドに放り込むと、
「あんたさん、ハイムを見といてくれ」
と言い残し、慌ててティータを抱えるの元へ戻っていった。
ハイムは長衣がもたつき、まだ怠さの残る体躯でもだもだと脱ごうとしていると、見かねたのか女領主が手を貸してくれなんとか脱ぐと、今度は女領主の無惨なドレスが気になる。
「あの、よかったら洗ってあるから俺の服を着たらどうだ?それ…血だらけで」
クリムト女領主は真っ赤になって頷き、後ろを向くと首元の大きなフリルリボンをはずし始めた。
ふと、ハイムはその背中のなだらかな柔らかさを見てしまい、これはまるで命を救った見返りを要求してしまったような気になる。
女領主は袖無しのワンピースキャミソールを着ていて、透けるような肌をハイムに晒した。
「ハイム様…わたくしの…わたくしの…」
振り向いた女領主の胸元は赤く放射線状に発光し、眩く肌を照り映やす。
以前ティータに見たそれはリムの証であり、ハイムは女領主を見上げた。
「わたくしのマスターになってくださいまし…」
女領主…いや、リムがのしり…とハイムの下肢に跨がり、ハイムの手を握る。
「ハイム様はわたくしの命の恩人。そして、わたくしの全てを使役し酷使してくださりそうな予感がします…」
まだ身体の痺れているハイムは、そのうっとりと甘美なリムの囁きに耐えられず、誘導されるままにリムの刻印に指で触れてしまった。
王様にリムがいて、とか、俺にもリムが、とか、据え膳リムが、とか、とかとか…。
ハイムの脳内がぐるぐるしたまま思考停止していると、女領主が…いや、リムが歓喜の悲鳴を噛み殺す。
「はっ…あああっ…なんて…気持ちいい…マスター…マスターアーク…ハイム様…わたくしと一つに…なりましょう…」
据え膳を頂く性質のハイムは、主を得て悶えるリムの申し出を断る術を持っていない。
「……ん?」
キャミソールの下の方がふわりと持ち上がっている。
それはハイムが下半身に持つ、それと同じのような気がして、ハイムはなんとか腕を伸ばしながら真っ白なキャミソールをめくりあげた。
「きゃあ…マスター…お気の早い…」
そこにはまごうことなきハイムと同じ男の根幹があり、
「ぎゃああああああ…!」
と叫んでしまう。
扉が開き体力限界といった風のファナが目をしょぼしょぼしながら入って来て、
「ハイムうるさ…あれ…あんた、やっぱりリムか…。骨格から男の子だとは思ってたけど、リムで男の娘を見るとは…」
「はい、王様。わたくしハイム様のリムとなりました」
とマスターに馬乗りのまま、男のリムが爽やかな顔で笑った。
「王様…あんた…知っていたのかよ…男…男なんて…」
「知らないでか。ハイム、ティータを泣かすなよ。で、ハイムのリムさんや、名前は?」
ハイムはファナと頬染めして名付けを期待する男のリムとを見上げて、
「クリムト」
と、言うのが精一杯だった。




