フーパの屋敷にて9
改稿済
バスタブ式の風呂に浸からせてもらい、思わずおっさんのようにうめき声を立てたあと、さっきまで巻いていたバスタオルで全身を拭いて鏡を見ると、さらっさらの金髪がふわりとそよぎ、湯で温まった小さな身体はほんのり桜色で頬は桃色に、恥じらう瞳は遠き日の青空と不安がない交ぜになる曇天…そんなファナがいた。
どんな風に喋っていたのだろうか、この身体のファナは。
「痛かったろうなあ…」
首が折られていたそうで…血糊で茶色くなっていた髪を丁寧にといてやる…今は自分の身体だから変な感じだ。
で…ポンチョだ…。
「おや、よくお似合いです、ファナ的重吾さん」
なんで…フードに兎の耳付きなんだ。
ソファに座ると布靴をそっと履き、人心地ついた…まさにヒト心地だ。
「本当は白の楽園の『箱庭』で登録され、主と契約したリムだけが着られるのですが。仮契約的な処置です。ダグラムの所へ行き食糧など準備が出来たら、なるべく早く出立するといいです。鉄の四つ輪なら楽園に着く前に、マクファーレンたちに追い付くかもしれません」
カミュが何か文書をしたためた紙を渡してくれるが、言葉は分かるが文字を読むのはできないらしい。
「あなたの処遇についての相談が書かれています。これを白の楽園に持って行ってください。それから…」
もう一枚紙を渡されて、俺は
「なに?」
と呟いて、カミュを見上げる。
そこには線の連なりと幾何学的な模様が描かれており、芸術性のある何かか暗号で、それも白の楽園管理者に渡すのかと思ったのだが…。
「もしかすると出会ってしまうかもしれないガゼルの顔です」
「カミュさん…これが似顔絵…か?」
カミュがまじまじとその紙を見て、
「よく似ていると思うのだけど…どうかな、ミロス」
と言うと、ミロスが頷いた。
「補足します。マスターアークカミュ様。全き光よ、静かなる闇よ、記憶を示せ」
黒のローブから健康的な色の伸ばした両手を翳すと、痩せた死体の俺よりも背の高い神経質そうな男がそこに現れ、青黒の楽園騎士団のコートを着て立っていた。
「うお…すげえ…黒のリムってこんなこと出来るのか…」
「意識の霧散を光と影で構築…いたたた…マスター、止めてください」
ダイナミックなイラストを投げ捨てたカミュが、ミロスの両こめかみをげんこつでぐりぐりと戒め、
「全く…ミロス、マスターに恥をかかせた罰を与えます。裸むち打ちです。覚悟しておくように」
と低い声で耳元に囁いて小さな耳たぶに噛みついた。
そしてざらりと耳端を下から舐め上げると、
「あっ…」
と声を上げてしまい、それに真っ赤になったミロスが、ローブを翻して隣の部屋に逃げ込んで、光と闇の饗宴は終了した。
唖然としたのは俺だよ。
飄々としてジューゴの尻や股間をなでまわすカミュが、リムと…と動揺していると、
「リムを可愛がり愛して繋がりを作るのも、マスターの役目です。リム的マスターであるあなたは…自家発電ですか?」
なんてくすくす笑われて、俺はマスターとリムの関係をやっと理解した。
「いたしません」
俺は決してロリコンではないし、今はどうにかして自分の身体に戻りたいだけだ。
このファナというリムのボディを白の楽園の女のリムの育成機関『楽園』に連れていき、全てを理解してからだろ、マスターとリムの関係とやらは。
「じゃあ、行くわ。ありがとう、カミュさん」
「カミュで結構です。ファナ的重吾さん」
「俺も重吾でいい」
「はい、ではファナ的重吾。今後会うことはかなわないかもしれませんが」
カミュに俺の死体を運んでもらい一階のギャラリー集まるランクルに乗せてもらうと、そのまま車をダグラムの詰め所に着けさせてもらった。
正直、俺の生きた死体の移動には困っている。
俺の身体と一定距離を保たないと、すごくダルいんだ。
つまり…俺はファナの身体に憑依しているのか、俺の身体とシンクロしているのか、正直よく分からない。