1話 初めての異世界
体が持ち上げられる。その浮遊感に気付いた時、目の前にいたのは、こちらを覗き込む青い瞳、きりっとした眉毛、茶色い髪のお姉さんだった。こちらを愛しむように微笑み、目の端に涙を浮かべ、薄らと額を伝う汗とその顔からは、深い安堵と嬉しさが見て取れる。おそらく彼女がこの世界での母親なのだろう。
奥で白衣みたいな服を着たおばさんと長身でがっちりとした体格に鋭い目つきの男が何やら話してるのが聞こえる。
「****************」
「********************」
知ってはいたが全くなんとしゃべってるのか分からない、自分のわからない言語に不安を覚えていると、男がこちらに近づき、ほほに手を伸ばしてきた節くれだった大きな手だった。手に豆がいくつもあり頬に当たり少し痛い。しかし、不思議と安心する気持ちが湧いてくるそんな手だった。きっと彼が父親なのだろう。俺を抱く彼女といくつかの会話をした後、彼は出ていく。
それにしても、なんも聞かずに転生しちゃったけどもうちょっと、この世界の文化だの国だのの話を聞いてからにすればよかったな。しゃべることもできず移動することもままならない。手も足も出ないとはこのことだな。
一週間がたった。最初のうちはお姉さんっぽい母からの授乳も抵抗や恥ずかしさがあったが、慣れてくると何のことはなかった。こないだまで高校生男子でお年頃だったはずなのに、興味はあるが体は反応しない全く不思議な感覚だ。そういえば、うちはかなり裕福な家なのかもしれない。時々、メイドっぽい格好をした女の子やお姉さんが顔を覗きに来るが、日によって顔ぶれが違うことから少なくとも八人はいることがわかった。それに、一昨日から授乳してくれる人が、母より少し年上ぐらいの優しそうな女の人に変わった。たぶん、彼女が乳母なんだと思う。
それからは、乳母と過ごすことが多くなった。彼女は赤茶色の髪に少し垂れた目尻が特徴でどこから溢れ出てくるのか分からないが、まさしく母性というもの感じられる。また、父が決まった時間、日が落ちる頃にやってきて俺を抱きかかえようと手を伸ばすも、どこか壊れ物に障るようにためらい、結局頬を撫でて去っていくようになった。全く情けない、乳母が俺を抱きかかえ抱かせようとするが、今日も父は頬を大事そうに撫で満足そうにニヤニヤしながら帰って行った。
それにしても、赤ちゃんやるのも楽じゃないな、いかに自分が無力化を痛感させられる。自分では移動できず、トイレにも行けない。何を頼むにしても泣く以外で意思表示ができない。何より睡眠の欲求に勝てない。一日が矢のように過ぎ去っていく感覚は、女の子を救うと決意した俺の気持ちにプレッシャーを掛けてくる。俺の知ってる転生物の話では、赤ちゃんの時の時間も無駄にせず、魔法なんかの練習や言語の練習に励んでたような気がするんだけどな。そうやってため息と呼ぶにはあまりにもかわいらしい息を吐く。
暇だ、暇すぎて死ぬことがあるなら確実に三回は死んでいる自信がある。それくらい暇だ。何とか言語を覚えようと頑張っては見ているが、わかったことは、朝に顔を合わせるみんなが、交わしているたぶん、おはように相当する言葉と自分の名前だと思われるレインリッヒの二つの単語しかわかっていない。しかも、母と父以外からは、レインリッヒの後に必ず何かしらの単語がつくせいで未だに名前も確証が持てずにいる。おそらく、様や坊ちゃんなど敬称がつけられているんじゃないかと思う。
一か月程たった。その日は、朝から騒々しく、部屋の外では、ドタバタと早足に動く沢山の足音が聞こえた。誰か来たのだろうか?そんな疑問を抱きつつも今日も変わらずに天井を見ていた。部屋の外の喧騒も静まり午後に差し掛かる頃、静かに部屋のドアがノックされた。
「******レインリッヒ様」
「おはよう、レインリッヒ」
何だ、乳母と母に連れられ女の人が入ってきた。翠の髪に整った顔立ち、スレンダーな体型、それに他を寄せ付けないような凛としたたたずまい。これはもしかすると、もしかするかもしれない。期待するように彼女の耳に注目するが、長く艶のある髪に隠れて見ることができない。今すぐに確認したいが赤ちゃんの体では、どうすることもできない。
何か方法がないかと辺りを見回してるうちに母に抱きかかえられる。そのまま母は、翠髪の彼女の前に移動するといくつか会話をしていく。
「*****************」
「*********************」
「******」
「****」
会話がひと段落したのか翠髪の彼女はこちらの顔を覗き込み、額に掌をかざし、小さい声で何かを呟き始める。
「***** ******** ********* *** ************」
呟きを終わると彼女の腕が淡く発光を始め次第に掌に集まっていく、集まった光は輝きを増し温かみを帯び俺の全身を包む。彼女は一瞬微笑むと元のキリっとした顔に戻り俺の額を一撫でして顔を上げる。髪が揺れる。その奥に一瞬だけ人よりは長く少し尖った耳が見えた。
感動した。整った顔立ち、翠の髪、尖った耳、魔法らしきものが使われたことより、ただただ微笑んだ彼女に目を奪われる。この世界に来て初めて異世界だと実感させられる。あまりにも現実離れした美しさだった。
初めての恋、いわゆる一目惚れをした。彼女が返ってから、ふわふわした気持ちでいるといつの間にか数日が経っていた。
貴族の仕組み難しい、どうしてみんな書けるんだよ……
なろうの作者はみんな貴族の生まれなんじゃないの?