姫殿下の忙しい毎日
** 開幕 **
そこはまるでスポットライトでもあたっているかのような場面だった。
中央にヒロインとして立つのは、ピンク色のドレスを纏ったかわいらしい少女。
そのヒロインを守るのは、数人の異なる色の礼服を着た少年達。
彼らに対峙するのはいわゆる[悪役]。
身分をかさにきて[ヒロインをいじめていた]という罪に今まさに問われようとしているのは、赤みの強い紫色のドレスをまとった同じ年代の少女―――この場の誰よりも身分の高い姫だった。
ヒロインはその愛らしい瞳に涙をためて切々と訴える。
今まで行われていた虐めにどれだけ傷ついているか。
持物を捨てられたこともある、心ない言葉をかけられたことも。
全ては[平民]でありながらも貴族の養子となり、学園に[特待生]で入ると優秀な成績を収め続けていることが原因なのだと。
優秀な自分は王子の目にとまり、愛をはぐくむほどになったけれども、その身の程をわきまえない行いに周囲が嫉妬しているのだと。
勿論、自分は誰の事も恨みに思っていない。
ただただ、王子の愛を信じて、けけなげに毎日を耐え忍んでいるだけである。
苦しい心の内を、搾り出すように訴える声は不自然なほどに周囲に広がり、いぶかしむ目がヒロインに集まって―――一呼吸。絶妙のタイミングで流された涙は、スポットライトを反射して美しく輝いた。
・・・ベストタイミング。と誰かが呟いた。
** 起 **
姫は目の前で行われている茶番に飽き飽きしていた。
いつになったら終わるのかわからない小芝居を、目の前で繰りひろげられる身にもなってもらいたいものだと、溜息をつく。
勿論、それは扇に阻まれ誰の目にもとまることはない。
けれど、そばに控える侍女だけは、その微かな音に主人の顔をうかがう。
先刻から変わらないその表情に、予定の変更はないようだ、と安堵すると、そっとそば近くに添った。
「先ほどのタイミングで涙を光らせたのは、マーヤの仕事ですわ。マーヤの舞台演出の才能には右に出るものはおりません」
「・・・では、彼女だけを照らすあの使用も、その仕事のうちなの?」
「さようでございます。アレには気持ち良く墓穴を掘っていただいて、姫様にはわずかなか瑕瑾にもなりませんようにと、細心の演出をさせております」
「・・・あほらしいわ」
「まったくでございます。アレの申すことは全て、『はるかに見ゆる夢~光と薔薇の王国~』の最新刊のヒロインの台詞そのままでございます」
真実、侍女の言葉の通りであった。
彼女達を取り囲む少年少女達は、物語そのままに進むヒロインの言葉と、彼女をヒロインとして演出する素晴らしい舞台の虜になっていた。
それというのも、『はるかに見ゆる夢~光と薔薇の王国~』は、この一年のベストセラーになっている本である。
もちろんここにいる少年少女達は、一度といわず読んだことがある。
中には熱心なファンもいることだろう。
『はるかに見ゆる夢~光と薔薇の王国~』という本には、難しい単語は使われていない。また、必要以上にどろどろとした人物・世界背景も用意されていない。
美しく強い心を持った少女と、彼女を取り巻く複数の少年達との恋と。ちょぴりの陰謀がスパイスを効かせ、美しい挿絵が夢の世界へと誘う・・・ジャンルとしてはライトノベルな一冊である。
加えて、見るものが見ればわかる花押が、さりげなくとも大胆に本を飾るデザインの中に隠されている。これは、その花押の持ち主が、この本の内容を監修、もしくはバックアップしているという証である。
これらの理由から『はるかに見ゆる夢~光と薔薇の王国~』という娯楽小説は、貴族から平民まで広くカバーするベストセラーになったのだった。
そうと知ってか知らずしてか、ヒロインの訴えも最終段階に入ってきたようだった。
ろうろうと響く声が、周囲に響き渡る。
恐怖におびえ、それでも勇気を振り絞るように震える声が、皆に届けられる。
その済んだ胸を打つ響きは、もはやヒロインでいられるのは彼女しかいないと、間違いなくそう思わせるものだった。
「それで、作者としてはどうなの? アレ」
「・・・具申申し上げますと、残念ながら、素晴らしい才能を持っていると言わざるを得ません。わたくしが参考にしましたのは、『ここでこう言う! シチュエーションで選ぶ最良のセリフ集 全8巻』でございました。わたくしでさえ最良の台詞を探すのに何度もページをくりましたものを・・・彼女はメモの1枚もなく、すらすらとあのように諳んじております・・・」
「・・・お前はアレが最新作を読んでいると思う?」
「かならずや」
ちらちら、と舞台の上の少年達から姫に向かって視線が送られてくる。
どうやら彼らも飽きてきたようだ、と姫は判断した。
「それで? このお芝居は何時まで続くのかしら?」
「ヒーローが登場するまで、でございましょう」
「・・・ヒーロー? お兄様のこと?」
「さようでございます」
ヒーローは遅れてやってくるもの。
姫は、かつて侍女から聞いた言葉を思い出して、しかしそろそろやってきてもいいのではないかと廊下に視線を送った。
まさにその瞬間。
スポットライトの当たったヒーローの登場となり、主人公達を強調するかのように舞台外には影が降りた。
** 承 **
「ああ、愛しい方、わたしの愛らしく鳴く小鳥。何を愁いて美しい涙を湛えるているのでしょう?」
「王子様・・・!」
王子の第一声に、姫は違和感を覚えた。
なぜならば、彼が口にしたセリフは『はるかに見ゆる夢~光と薔薇の王国~』でロミオ王子が口にしていたものと同一のものだったからだ。
「・・・お兄様はアレを読んでいらっしゃった? でも、なぜ、今そのセリフを口に出されるの?」
「・・・殿下には、拙作をご所望でいらっしゃったので、新作が出るたびに最高の品をお送りさせていただきました」
王子がそっとヒロインに近づくと、それまでヒロインを守るようにしていた少年たちが、王子に場所を譲る。
すぐさまスポットライトが絞られ、光の中には王子と少女しか存在しなくなった。
その、一枚の絵のような、小説の挿絵をそのまま現実にしたような光景に、周りからはため息と、限界まで押し殺した悲鳴がもれ聞こえた。
しかし、それも影のこと。
中央の光が強すぎて、もはや周囲に誰がいるのか。どれだけの人数が見守っているのか、まったく判断が付かなくなってしまっている。
その、闇の中を、一人の少年が姫と侍女に近づいていた。
「お二人とも、首尾はいかがでしょうか」
「問題ないわ。・・・あなたのほうはどうなの?」
「こちらも問題なく。予定通りの配置についております。・・・ただ、王子殿下が・・・」
「? お兄様がどうかして?」
「いえ。その・・・警備の者が、すごくイイ笑顔でこの場にいらっしゃったと申しておりまして。可能性ですが、何か腹案をお持ちなのではないでしょうか」
「・・・可能性はあるわ。でも・・・」
第一王子は切れ者として知られていた。
王太子が決まるまでは暫定第一王位継承者として、非常に高い教育をうけていたこともある。
現王の能力をそのまま受け継いだ、頭の切れともあいまって王子が次代の王となることを―――ごく一部を除いて―――皆が望んでいたのだ。
そして、ごく一部が誰のことを指すのか、もちろん姫と王子は承知のことだった。
「お兄様はきっと・・・」
「きぃいゃぁぁぁあああぁぁ」
「は?」
姫の言葉をかき消したのは、幾人もの少女達の歓喜を含んだ悲鳴だった。
「きゃぁぁーッ。ロミオ王子様ーッ!」
「ロミオ様ァ、アスコット様ァーッ」
「お素敵ですぅ。わたしのことも抱きしめてくださいませぇ」
三人が恐る恐る舞台を見ると、今まさにクライマックス。主人公達の愛が確かめられているところだった。
王子のきらびやかな盛装―――なぜか、王子はこの場面に盛装して現れていた―――王族にのみ許された濃紫色の衣装を薄く延ばした銀糸で縁取り、同じく銀糸の刺繍のアクセントとして一級品の宝石があしらわれている。
動きにあわせてさらりとゆれるその生地は上等な絹が使用されており、光を柔らかく反射することによって本人の雰囲気すら角のない柔らかなものに変化させていた。
常日頃、王子から小言をもらう姫からしてみれば、今の王子は胡散臭いとしか感じられないものだった。
あまりにも王子の服の質が良すぎたため、ヒロインとの格差が見えてしまうのは仕方がないことだっただろう。
侍女はそっと目頭を押さえ、少年は見なかったことにした。
「あぁ。わたしのかわいい小鳥はなぜ震えているのだろう?」
「わたしの愛おしい王子様。わたしは・・・わたしはあなた様への愛だけを胸に、今日まで参りました。きっと、いつかわかって下さると信じていました。・・・愛おしいあなたの愛する方はわたしの愛する方。あなたのご家族はわたしのご家族と。理解しあえる日を待ちわびておりました・・・」
ヒロインの言葉に、先の展開を悟った侍女と少年が一礼して、姫の左右に控える。
目線を落としたままの二人の肩が小刻みに揺れているのを、姫はさりげなくチェックしていた。
「今日この日まで、わたしは信じていたのですわ。理解しあえることを。愛していたのですわ、あなたの妹姫様を・・・けれど・・・けれど。わたしには、もう、これ以上たえることは・・・もう、これ以上は・・・お助けください、アスコット|様」
ヒロインの言葉に、黄色い悲鳴が止まり、恐ろしいほどの静寂がその場を支配した。
同時にヒーロー&ヒロインに対峙するかのように姫にもライトが当たる。
姫は状況を確認した後、たっぷりと余裕を持たせて口を開こうとして、ヒロインのセリフにさえぎられた。
「わたしが。わたしだけが姫様のターゲットなら、それで良かったのです。けれど、けれど姫様は・・・あぁ、恐ろしいことです。本当に恐ろしい。よりにもよって姫様は王子様を、アスコット様を害そうとなさっておいででした。ご自分が王とならんが為に、第一王子であるアスコット様を殺害せしめんと謀っておいでだったのです。・・・そのために。次代の王妃となるであろうわたしを、まずは排除しようと・・・あぁ。アスコット様、妹姫様は・・・姫様は・・・」
「(現実としては少々無理がある設定でございますが、物語としてはこれくらいのほうが受け入れやすいかと存じまして。事実、アンケートでは[非常に好評&好評]票があわせて8割を超える、との結果を受けております)」
「(解説はやめてくれ。腹筋が苦しい)」
無表情の姫の後方左右では侍従達が笑うのをこらえている。
それ以外は、誰も口を開かない。
驚きに開いた目でヒロインを見る者。
引きつった口元を隠しつつ、姫と王子の顔色を伺う者。
そっとそ~っと、かすかな音もしないほどに注意深くその場を逃げ出す者。
先ほどまでの盛り上がりとは異なる雰囲気が、その場には流れていた。
「・・・どんな教育を受けていらしたのかしら?」
ヒロインの良く通るソプラノよりも少し抑えた低めの声。
柔らかなビロードに包まれるような、ゆっくりと拡散してゆく言葉は、ようやく口を開くタイミングを得た姫の言葉だった。
姫の言葉に、王子の目が伏せられる。そのまま、何かをこらえるように眉を寄せ、苦悩をこらえるかのような雰囲気をまとう。
ぎゅっとこぶしをにぎった肩が小刻みに揺れているのは、己の力不足を耐え切れず、力が入ってしまったが為―――ではないことを、少なくとも王子と姫にはわかっていた。
** 転 **
この国は[薔薇に守られた国]である。それは、この国を興した初代女王が薔薇の妖精(もしくは魔女?)と守護の契約をかわしていたからであった。
彼女達の結んだ契約は、女王が亡くなった後も、次代へと受け継がれており、契約の証となるのが手の甲に浮き出る[薔薇の紋章]だった。
だからこそ、[薔薇の紋章]が現れた王族が次代の王となり、守護の契約を受け継いでゆく。
その守護の元に栄えているからこそ、この国は[薔薇に守られた国]と呼ばれているのだった。
この紋章の色は個人によって差があったが、文様自体は同一のものであり、初代女王の紋の色が紫であったことから、この国では紫色がもっとも尊い色とされているのだった。
姫の赤紫のドレスを身にまとっているのも、彼女に現れた紋章が赤紫色だったからに他ならない。
そう―――次代の女王と定められたのは、王子ではなく妹姫だった。
これは姫に紋章が現れたときに、全ての国民に告げられたことであり―――発表から10日ほどの間、国中がお祭り騒ぎとなったことは記憶に新しい―――当然ながら学園でも教えられているはずなのだが。
「学園長ならびに教師の皆様は、どのような教育をなさっているのでしょうか。我が兄が王太子で彼女が次期王妃ですって? ・・・そのような戯言をこの学園では教えておいでですの?」
姫が視線を向ける先にある闇がゆっくりとはれてゆく。
その先にあったのは、顔面を青ざめさせた生徒たちと―――誰かが呼んだのだろう、教師数人の姿だった。
「ネリア殿、アルヴェータ殿?」
姫に呼ばれて、二人はあわてて膝をつく。
「王太女殿下には、ご寛容をお願い申しあげます。決して。決して、学園の本意ではないことを、どうぞおくみとりください」
「王家に異心のなにもありません。ただ、彼女は問題のある学生でして・・・」
必死に言葉を連ねる二人を遮ったのは、王子の明るい声だった。
「先生方を困らせるものではないよ? 分かっているんだろう?」
「王子、殿下?」
「王子様! そうですわ。妹姫様が次の王様だなんて、何かの間違いか、勘違いですわ。それとも、王子様に悪いことをして、ご自分が王様になりたいとお考えでしたの? それは簒奪行為ですわ。なんてひどい・・・それを謀反と言いますのよ」
ヒロインが言いつのるごとに、周りの―――特に教師の顔色が悪くなっていく。
かわりに、王子は寂しそうに―――否、それはそれは嬉しそうに、ほほ笑んだ。
「そう、簒奪だ。わかっているよね? 王位の簒奪をもくろんだのは、私だということに」
この腹黒兄貴・・・やりやがった。と、姫の扇で隠した口元は引きつっていた。
** 結 **
「負けたわ」
王宮の自室に戻って姫は絶対的な自分の味方である、侍女―――幼馴染―――と騎士―――乳母子―――だけを部屋に残した。騎士に人気のなくなったことを確認させて、姫は心おきなく頭を抱えて呻いた。
負けた相手は、姫の兄である。
彼女が 王冠を戴いた際には、大公として、もっとも信頼できる相談相手となるはずだった彼女の兄である。しかし、その地位を嫌がった彼は無理やりの賭けに勝ち、何の責任もないニートとして、のんびり余生を過ごすことになってしまったのだった。
「・・・殿下が本気だとは思っておりませんでした」
「まったくで。お嬢ちゃんに近づいてたのは、本気で好きになったんだとばかり。・・・あの王子がそんな甘いわけなかった」
「それで。王子殿下へのご処分は・・・」
「お母様からの伝手だけれど。・・・見ていた貴族子女たちが多すぎたわね。無かったことにはできない。となれば、おそらくは反逆罪の適応となるでしょう。ただし、現王の一子であることを考慮されて、生涯幽閉・・・くらいが妥当じゃないかということよ」
「悠々自適のニート生活ですか」
「生活に不足はないうえに恋人が一緒で、子作りも許可。できた子供は王家の一員として縁者が引き取る。・・・正直うらやまいたっ」
退廃的な生活を羨む騎士の後頭部を、侍女がはたいた。
「お兄様が学園にいる間に、王家を追放されたらお兄様の勝ち。今後はお兄様の好きにさせる。無事に卒業できたら、わたくしの勝ち。お兄様には補佐になっていただく。・・・・負けてしまったわね」
「まぁ、王子殿下ほど腹黒くなかったということで。良い勉強になったとあきらめましょう」
「こうなては仕方ありません。弟君をしっかり教育なさるしかないかと。・・・それに・・・」
侍女は腹黒の王子様に負けないくらいのイイ笑顔で姫にほほ笑んだ。
「腹案がございます。王子様にひと泡ふかせることお許しいただけますか?」
** 閉幕 **
~王子からの手紙~
親愛なる妹へ。
大好きな妹は恙なく過ごしているだろうか?
君の好きなユリの花の季節になったね。
こちらに届けてくれた花は今が満開と美しく咲いていて、その芳醇な香りは王宮の百合の宮を思い出させるかのようだよ。もしかしたら百合の宮でこの手紙を読んでいるのだろうか?
私と彼女はおかげさまで仲睦まじく―――と書きたかった。本当に残念だ。そちらにも報告が入っていると思うのだけれど、彼女はここを出て行ってしまったようなんだ。
もともと監視がついているのは私であって、彼女にはかなりの自由が許されていたのだけれど。それでも、まさか出ていくとは思わなかったよ。
最後に彼女に会った者が言うには、「ファンディスク」とか「引き継ぎプレイ」とか言っていたようなんだけれど。意味を知っているだろうか?
「王太子妃エンドからの引き継ぎニューゲームで、隣国の王子の隠しルート発生で真ハーレム」が彼女を待っているらしい。
けれど、幽閉という処罰から逃げたのは彼女の意思だ。もし捕まえたとしてもこちらへの連絡は不要だよ。そちらでしかるべき対応をとってもらいたい。
それから、『はるかに見ゆる夢~光と薔薇の王国~』の完結おめでとう。
建国の女王―――オフィーリア王女とロミオ王子の物語がこの時代に受け入れられて、これほど喜ばしいことはないと思う。これは作者の才能もあるのかな。
この建国の物語はここで完結し、続編が出ないことを祈るよ。
王女に逃げられた王子の物語など、喜劇にしかならないものだからね。
大勢の前で、悪事を暴く場面をイメージしました。
主人公がニート希望の作品があるなら、メインヒーローがニート希望でもいいんじゃないかな、と。
薔薇の妖精は、王子の内心=ニート希望 に気づいていて、後継者から外したとか、きっとそういう感じ。




