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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

双 子

作者: 工藤るう子

相変わらず暗いです。



 オレとルイは、双子の兄弟だ。


 腰のところで繋がった、所謂シャム双生児だった。


 幼い頃、オレたちは、見世物同様だった。捨てられてた孤児院は、オレとルイとを分離するような金などない、貧乏なところで、だから、オレとルイとは、いい収入源でもあったんだ。


 オレたちの見てくれが、天使みたいだったって言うのもあるだろう。


 院長が言うには、だが、


『金髪に青い目の、あどけない双子の天使が腰のところで繋がっている』


と言うことが、金持ちどもの好奇心と同情を煽ったのだろう。


 裸にされて、繋がっている箇所を、ひと目に曝された。


 金持ち連中は、こぞってオレたちを憐れみ、それは、寄付という形になった。


 それで、孤児院が裕福になったのなら、よかったが。現実は、院長連中の懐が肥えるばかりだった。


 オレたち孤児の食事なんてのは、薄い豆のスープに、黒いパン。それだって、三食じゃなく、二食だったり、一食だったり。院長達の気まぐれにかかってた。だから、孤児たちは、いつだって、飢えたネズミよりも飢えて渇いてた。


 それが原因で、ヤツらは、オレとルイとを目の敵にした。


 オレとルイとは、あいつらの金の元だったから、少しはましな食べ物をあてがわれてたからだ。って、それだって、紳士淑女って着飾った慈善好きの偽善者どもの目を楽しませるためだ。あんまり見苦しいと、頻繁に足を運んでもらえなくなるって理由だ。かといって、孤児院の貧窮程度を訴えたいから充分な食事は与えられない。豆のスープに野菜屑やベーコンの切れ端がちょっちょっと浮いて、黒パンじゃなく白パンだってくらいだった。


 お金はいいですから手術をしましょう―――と、高名な医者が売名行為にそう言い出すまで、オレたちは、とりあえず、そういう環境にいたんだ。


 院長は、イヤだって言いたかったろう。金のなる木を分離されちゃ、なる金もならなくなる。しかし、無料で善行を施しましょうと言う高名な医師と、世論とに、逆らえなかったようだ。


 結局、オレたちは、手術をされた。


 分離手術は成功した。が、半分だけだった。オレより弱かったルイは、歩けなくなった。歩けなくなったルイを、オレはいつも庇っていた。


 それが、負担だったってことはない。


 オレは、ルイが好きだったし、ルイもオレのことが好きだったから。


 それに、オレにはほんの少し、負い目があった。オレがひとより丈夫でいられるのは、ルイの分まで元気の元を取ってしまったような気がしてならなかったからだ。


 オレたちが手術前の体力を取り戻したた頃、オレとルイとは、飽きられた玩具みたいに、誰からも見向きもされなくなった。


 院長達の鞭が、オレとルイの背中を気まぐれに狙う。


 孤児たちの虐めが、日増しに、ひどくなる。


 このままじゃ、殺されちまう。


 そう思った。


 そう思って、怖くなった。


 オレだけなら、死ぬのは怖くはないんだ。けど、ルイが独りになるのも、ルイが死ぬのも、嫌だった。


 オレにとって、ルイだけがすべてだったから、だから、恐怖はオレを苛んだ。


 逃げた。


 ルイを連れて。


 足手まといになると言うルイを説き伏せて。


 けど、十にも満たないオレたちは、すぐに連れ戻された。


 連れ戻されたオレたちを待っていたのは、手酷い折檻だった。


 寒さやひもじさなど目ではなかった。


 燃えるような互いのからだをくっつけあって、そうして幾夜を過ごしたろう。


 死の淵を、オレたちは、さまよっていたんだ。


 けれど、死ねなかった。


 オレもルイも、結局、この世に、帰ってきちまったんだ。


 死ねなかった代わりに、オレは、不思議な力を、手に入れた。


 けど、ルイは。


 オレよりも弱かったルイは、一層弱くなった。


 守らなければ。


 オレの、宝物。


 オレの、唯一。


 オレは、ルイがいなければ、死んだっていい。


 ルイが死ななかったから、オレは生きている。


 オレが生きている理由は、ただ、ルイのためだ。


 だから。


 オレは、手に入れた力を使った。


 このままだとルイが殺される――と、そう思ったからだ。


 オレは、良心と引き換えに、この力を得たのに違いない。


 燃えさかる孤児院を眺めながら、オレは、笑っていた。


 ルイを抱きしめて、オレは、笑い続けていた。






 オレは、ルイの金髪を触るのが好きだ。


 仕事がないときは、一日中でも、ルイの髪を弄って時間を過ごすことができた。そうして、ふたり、計画を立てるのだ。いつか、海に行こうと。互いの目に映る目の青のようだという海が、いつの頃からか、オレたちの憧れだった。


 仕事。


 最初は、カッパライだった。


 次は、スリ。


 こそ泥。


 押し込み。


 なんだってやった。


 まぬけな上流面をした紳士淑女の懐から金盗むスリルは、オレを虜にしていた。


 オレとルイは十五になっていた。


 そうして、オレはへまをやった。


 でっかい屋敷に忍び込んで、捕まった。


 警察に突き出されて、縛り首。


 裁判なんか、関係ない。


 身寄りのないオレたちを庇ってくれるヤツがいるわけもない。


 心残りは、ルイだった。


 オレがいなくなったら、ルイは、生きていけない。


 オレがそうした。


 いつだってルイに笑っていてほしかったから。だから、ルイを家と呼ぶにはお粗末な穴蔵のような住処にしまい込んで、外に出しはしなかった。


 オレはどんなに汚れたってかまわない。


 けど、ルイを汚すのだけは、嫌だった。


 ルイには、綺麗なままでいて欲しかった。


 オレがなにをしても、ルイが、笑って、オレを迎えてくれる。


 オレを、抱きしめてくれる。


 ルイのぬくもりを感じて、オレは、安心するんだ。


 だから、オレは、暴れた。


 逃げようとした。


 けど。


 そんなオレを、館の主人は、警察に突き出さなかった。


 そいつこそ、裏社会の勢力の三分の一を握ってるやつだったんだ。


 裏社会が三竦みだってことは、どこにも属さないオレだって知ってる。


 そして、その三つの勢力が、いつも、相手を喰らおうと、虎視眈々とにらみ合ってるってことも。


 そいつは、言った。


 黄金の子鬼。私の配下になれ。


 そう、命令したんだ。


 否はない。


 否と言えば、その場で殺されただろう。


 殺されるわけにはいかない。


 だから、オレは、そいつの配下に下ったんだ。


 オレは、そいつから、人を殺す術を教わった。


 人を殺すのに、躊躇はない。


 ガキの頃に孤児院を全焼させたのは、このオレだったから。


 そいつが舌を巻くくらい、だから、オレは、容易く人を殺せた。


 そうして、オレは、そいつの子飼いの中で、一番の暗殺者になっていた。


 けど、オレは、あいつに懐いてたわけでも、あいつを信用してたわけでも、ない。


 いつだって、牙を剥く準備はできていた。


 それは、あいつにも、わかっていたんだろう。


 あいつは、ルイを、奪った。


 ある日、仕事から帰ると、ルイはいなかった。


 穴蔵みたいな住処から移った下町のこざっぱりとしたアパートのワンフロアのどこにも、ルイの姿はなく、ベッドルームのドアに、これみよがしに貼りつけられていたのは、あいつがアパートに来たという印だった。


 弱みを握られた。


 怒りと屈辱。それにそんなものよりも強い心配で、オレは、すぐさま、あいつの館に駆けつけた。


 そこで見たのは、それまで一度も見たこともないような、綺麗な姿をしたルイだった。


 ふわりとやわらかそうな白いシャツ。瞳の色と同じズボン。そうして、清潔に洗われた髪は、まるでそれ自体が光を放っているかのようだった。


 オレを見て、不安げだったルイの顔がオレの大好きな笑みをたたえた。


 天使のような笑顔でオレに手を差し伸べるルイ。


 オレは、あまりの眩しさに、数歩、後退さっていた。


 触っちゃ駄目だと。


 オレみたいに汚れきった手で、ルイを汚しちゃいけない。


 そう、思ったんだ。


 だから――――


 まさか、あいつが、ルイを抱いてるだなんて、思いもしなかった。


 ルイが、オレが訪ねるたびに笑って迎えてくれるルイが、あんなひどい目に合わされてるなんて、知らなかったんだ。




 だから、その光景を見て、オレは、切れた。




 その光景を見た瞬間、オレの視界は真っ白にスパークした。


 身の内から、熱が、迸り出る。


 抑える余裕など、もとよりありはしなかった。


「ああああ」


 耳をつんざく悲鳴。


 男が、奇妙なダンスを踊る。


 奇妙で、不気味な、死の舞を。


 楽になんか死なせない。


 この世の地獄を味わって、そうして、地獄でも苦しめばいいのだ。


 オレは、知らず、くちびるを噛みしめていたらしい。噛み破った傷口から、血の味がにじむ。


 髪を束ねていた黒いリボンが、ジュッと、音たてて、蒸発した。


 熱風で、髪が、煽られる。

  

「ルイ………」


 オレは、オレの半身を抱き上げた。


 腰に惨い引き攣れの痕がある青白い裸体に、新しいのや古いのや、たくさんの陵辱の痕が散っている。


 うつろに見開かれたままのそのまなざしは、茫洋とした、海の青。


 オレのことを見ているその瞳の痛ましさに、涙が、あふれた。


 同い年の、オレの、兄。


 いつだって穏やかに笑んでいた兄の笑顔の裏に隠されていた真実が、オレを打ちのめしていた。

 

「レオ………」


 ルイが、オレを呼ぶ。


 熱風が、オレたちをつつみこむ。


 いつか行こう。


 そう約束した架空の海の色をたたえた瞳に、オレの、顔が映っていた。


 ルイが、オレを抱きしめた。


 同時に、大きな音をたてて館が崩れた。


 それが、オレたちの最期だった。






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