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卑しい。

作者: 角嶋 えむ

これは、昔私が書いたもので、エッセイのような変なものです。

私のおばあちゃんについて、過去を思い出しながら綴りました。

小さい頃よく祖母に「卑しいことをするなっちゃ」と叱られた。文字にすると山口の方言はラムちゃんみたいにかわいく思われそうだが、祖母の怒るさまは実際そんなにかわいいものではない。そういうとき祖母は目の奥で蔑むように私を見た。まるで汚いものを見るような、見下したようなその目が私は大嫌いだった。


そうやって祖母に叱られるときは、大抵盗み食いしたときだった。我が家では教育の一環なのか、なぜかオヤツがあまりもらえなかった。だから甘いものがどうしても食べたくなったら、来客用のコーヒーに入れる角砂糖を妹と一緒にこっそり貪っていた。これがまた、格別に美味しかった。きっと悪いことをやっている快感みたいなものもあったのかもしれない。今大人になって改めて考えてみると、抜き足、さし足、応接室に入り込み椅子の影にこっそり隠れて角砂糖をガリガリ食べるなんて。まるでゴキブリだ。


だが結局、祖母の“必殺蔑みの目”の効果は私の食い意地にはあまり無かったようで、何度も祖母の目を盗んではありとあらゆる食べ物を漁った。


そして時は経ち、私が中学に上がる頃には、お小遣いでお菓子を買うようになり、家の角砂糖をガリガリやることはさすがになくなっていった。


そんなある日の真夜中。ふと尿意に目覚めた私が寝室からでると、なにやら階下から変な音が聞こえてくる。


ガサゴソガサ…


思わず耳をたてて様子を窺った。しばらくして私はピンときた。


まちがいない。階下で就寝しているはずの祖母がなにかこっそり食べている!!包み紙が擦れ合う音と、歯のぶつかり合う音が、夜の静けさをより際立たせていた。


なんだ、自分だって意地汚いじゃないか!卑しいのはそっちだ!そう腹立たしく思うのと同時に、軽蔑するというよりは、なんとなく祖母の本質をみたような気もしていた。


そして次の日の朝食時。私はとびっきりの負けじと“蔑みの目”を祖母にお返ししてやったのだが、祖母は「どうしたん、そんな変な顔してから」といったきり、見下した顔をつくろうと一所懸命な私を気にも留めず、暖かい味噌汁をすすったのだった。


さすが戦後の日本を支えた女。図太いというか、なんというか。まだ子供ながらに祖母の気の強さには勝てないと瞬間で悟った私だった。


それから5年、10年…年を追うごとに祖母の食べ物に対する執着は増していった。


たとえば、糖尿の祖母は一食のお米の量を決められているので、毎回お茶碗によそった白飯を秤にかけて指定分量ピッタリに白米をよそうのだが、そんなことは祖母には一切関係ない。祖母の目から見て、白米の量が少ないと判断したら「餓死させる気か!」と愚痴り、多いと判断されると「血糖値をあげて殺す気か!」と愚痴るのだった。


また、祖母の皿のおかずの量より、私と母親のおかずの量が多いと不機嫌になり蔑みの視線をよこす。それも祖母の目から見た分量であったので、こちらは判断するのが難しい。だから私はいつも祖母のおかずの量を多めによそった。


例えを上げだすとキリがないのでここら辺でやめておく。


とにかく、祖母の食べ物への執着は私の卑しいそれよりも、もっと奥深く根強いものだった。


それはきっと、祖母が戦後なにも食べ物がない時代に、ただ必死に働いてきたからだと思う。


祖母だけではなく、その時代の人々は皆、明日の生活のために日々空腹をこらえ、汗を流して生きていたのだろう。


だから年を取るごとに、その反動が大きくなっているのかもしれない。


そんな祖母も80歳を越え、今は立ち上がれなくなってしまった。病院に顔をだすたびに優しい顔で出迎えてくれる。昔は嫌いだった祖母なのに、だんだんと弱くなる私の手を握る力と冷たい体温が寂しい。


病室で横たわり微笑む祖母の目には、私を蔑むものは今はもう感じなくなった。だから安心して祖母をみつめ返すことができるようになった。


だがたまに、鏡に映る自分の目にそれと似たようなものを感じることがある。


それはもしかしたら、自分が「卑しい」生き方をしていると分かっているからなのかもしれない。



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