不穏
光のまぶしさにエフィが目を覚ますと、車の助手席に座ったままだった。
深夜走り通しで、そのまま眠ってしまったのだ。
隣の運転席にアーネストの姿はない。
自動車の窓から見える街並みはガラの街に似てはいるものの、どこ異国情緒が漂う風景が広がっていた。
昨晩、アーネストは首都パドスライを目指すと言っていたので、その中間地点のトゥルモか、とエフィは思った。
トゥルモは交易の中間点となる港街ということもあり、ガラの街に劣らない栄えた都市構造を持っており、異国情緒あふれる建物は全国津々浦々から見物人が押し寄せるほどの観光名所と化している。
「おお、起きたか」
アーネストは運転席のドアを開けて、車に乗り込むと、「朝飯だ」と言って、エフィに紙袋を渡した。
「あ、ありがとうございます」
と、エフィが紙袋を受け取ると、濃厚なバターの香りが袋から漂ってきた。
開けると、マフィンが二つ入っていた。
思わず口の中に唾液が湧き出るほどの甘く食欲をかきたてる香りがする。
そして、エフィは別の意味でも思わず唾液をゴクリと飲んだ。
「これ、おいくらでした?」
エフィは意を決して訊いた。
見ただけでそれとわかる上等な小麦と、新鮮な卵、朝一番のミルクから作った薫り高いバター、そして、精白されたたっぷりの砂糖を使ったマフィン。
いったいどんなお大尽の朝食なのかと思ったのだ。
だが、アーネストはこともなげに答えた。
「四個で2アーツだな」
と。そして、マフィンにがぶりとかぶりついた。
「え?」
その答えにエフィは目を丸くした。
その値段は、ガラの街で売られている二等小麦を使った固いパンと大して変わらない値段だからだ。
「ここトゥルモが交易の地で、小麦、砂糖が手に入りやすいというのもあるが、このマフィンはこの地の伝統食でもあるんだ。だから、その伝統を守るために街の役所から補助金が出てる。その分安く提供できるってわけさ」
アーネストはそう言うと、エフィに紅茶のカップを渡した。
エフィはそれを受け取ると、ダッシュボードに一旦置いた。
「なるほど。他の地から来たものにとっては、豪華に見えるものであっても、地域の人にとってはなくてはならないもので、税の使い方にまで影響を及ぼしているわけですね」
エフィはマフィンを手に持ってしげしげとそれを見つめた。
「これが街の活性化にもつながっていて、あっちの通りには独自のマフィンを売る店が数十と連なる朝食市場できている。それ目当てにここに来る旅行者も徐々に増えだして、トゥルモ観光協会も本腰を入れ始めたって話だ」
アーネストの言葉にエフィの表情がぱぁっと明るくなった。
安く、種類豊富なおいしいマフィンを売る店が数十と連なっていると聞いて、胸のわくわくが表情に出たのだ。
だが、その表情は一瞬で消え失せた。
今はそんなことをしている場合ではないということを思い出したのだ。
タバサ校長の遺言。
今はまだ、正体すら掴めていないその謎を追わなくてはいけないのだ。
そのエフィの考えを察したのか、アーネストは、
「帰りにここに寄ってやるさ」
と言って、紅茶を一口、口に含んだ。
その心遣いに、エフィは、「ありがとう」、そう言って力なく笑った。
「あと、あまりいい知らせじゃないが」
アーネストはそう言うと、新聞をエフィに差し出した。
「新聞?」
エフィはそれを受け取り、一面を見た。
一面の記事は、昨夜の聖アンドレアリアス学園の火事だ。
エフィは眉をひそめて記事の内容をある程度まで読み進めると、
「え?」
と驚きの声を思わず上げた。
二面、三面と、エフィが新聞をめくるスピードが上がる。
そして、全部目を通し終えると、
「そんな……」
と言って、呆然とした。