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トレジャー・ノート   作者: おーこ
~NAME OF LOVE 編~
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遺産Ⅶ

 アーネストはタバサの遺体を西区の役人に頼んで、その死因を詮索される前にその場から立ち去った。

 死因に調べが回り、警察に知らせが行けば、アーネストへの捜査網が敷かれるのは必至だからだ。


 アーネストは学園近くの路肩に止めておいた車に飛び乗ると、東区庁舎まで走らせた。


 そこに着くまでのあいだ、アーネストはタバサの遺言について考えていた。



 ジョージ・ロックフォードの遺産を守れ。



 探せでなく、守れ。


 その違和感。


 言い間違いとも考え難い。


 今ある手がかりは、トマス神父という名前と、エフィが受け取ったタバサ校長のペンダントだけだ。

 いくら考えを巡らせてもまるでまとまらず、アーネストは、「くそ!」と言って右手でハンドルを叩いた。

 




 アーネストが待ち合わせの東区庁舎の前の大イチョウの前に辿りついた時、エフィは既にそこで待っていた。

 アーネストが軽くクラクションを二度鳴らすと、エフィが小走りで向かってきて助手席のドアを開けた。


「荷物は後部座席に放りこんでくれ」

 とアーネストが言うと、エフィは「はい」と返事をして、後部座席に小さなカバンを投げて、助手席に座った。


「待たせたようだな」

「いえ、大したことありません」

 そう言いながら、エフィはシートベルトを着けた。


「よく知っているな」

「何をです?」

「シートベルトがついているってことを」


 車のシートベルトは長らくそのコストと費用対効果の点で、多くのメーカーが採用に二の足を踏んでいた代物だ。


 最近になり、ちらほらと高級車から採用が始まった程度の普及率だ。

 たいていの人間は、この旧式の車についているは思わないはずだ。


 だが、エフィは、

「ああ、内燃機関の歴史を調べた際に知りました。『走る貴婦人』ですよね、これ」

 と言ってダッシュボードをぽんとたたいた。


「ご名答」


 走る貴婦人。

 かつて、一人の男が車の理想を目指し作り上げた車の俗称だ。

 一つ、力強いエンジンパワーを持つこと。

 一つ、メンテナンスが容易であること。

 一つ、高い安全性能を持つこと。

 一つ、美しい外観をもつこと。


 そのすべての条件を満たすたために作られたものの、グリアス戦争後の大不況による資金繰りが悪化と大手資本による圧力により、量産第一ロットを生産しただけで制作会社は倒産、出来上がっていた『走る貴婦人』は債権者により差し押さえられ、世界各国に捨て値で売られることになる。


 しかし、製造から半世紀ほどを経てなおその製造コンセプトの高さは際立っており、今もなお、あらゆる車は『走る貴婦人』の後追いでしかないという評論家が存在するほどである。


「しかし、大分使い古されたこいつは『走る貴婦人』ってよりは『走る肝っ玉母さん』てなもんだがな」

 アーネストはそう言うと、煙草をくわえた。


 だが、火をつける前に、エフィが横から中指と人差し指でその煙草を掴んで口から引き抜いた。


「狭い車内です。できれば遠慮願いたいのですが」


 眼鏡越しにエフィのブラウンの瞳が薄く青い光を帯びる。


「ん、ああ」

 その殺気に似た圧力にアーネストは思わずひきつった笑いを浮かべた。


――眼鏡?


「そういえばさっきは眼鏡をしてなかったよな?」

 アーネストはエフィに訊いた。


「ええ、これは度がはいっているわけではないんです。ただ、特殊なガラスで、私の目が目立たないんです」

 エフィの言葉にアーネストは「ああ、なるほど」とだけ答えた。


 少数民族というだけで、差別の対象となるのだ。しかも闇夜の王と言われたエリアル族の証明たる蒼光宿る瞳は一層の嫌悪の対象となっても何の不思議ではない。


 自衛の手段だ。


「変、ですか?」

 エフィはアーネストがら目をそらしてうつむきながら訊いた。


「いや、いいんじゃないか。賢そうに見える」

 アーネストはそう答えて、無意識のうちにポケットの煙草に手を伸ばしかけて止めた。


「え? 私、そんなに頭が残念そうに見えました?」 

 エフィは抗議の表情でアーネストを見た。


「いや、そういうことじゃない。際立つってことさ。人によっては眼鏡をしている女性に罵倒されたいとか、真っ赤な高いヒールで踏みつけられたいとかいったピンポイントな願望をもつ男がいるくらいだ」

「!」

 エフィは、一瞬目をかっと開いたあと、アーネストから視線をそらすと無言で眼鏡を外した。


「……おい、なんかすごい誤解をしてないか?」

「いえ、趣味嗜好は個人の自由です。ただ、個人的に理解の範疇の外と言うか、その、あの……早く行きましょう」

 相変わらず、エフィはアーネストから視線を外している。


「俺じゃないぞ?」

「わかってます。そういうことなんですよね? 世間的に隠しておかなくてはならないことは誰しもあることなので。ただ、私にそういうことを求められても応じられないといういうのが正直なところでして……あの……その……」

 そう言うエフィの目は泳いでいて、額にいやな汗もにじませている。


 アーネストは妙な誤解を受けたなと額を指でかいた。

 車内に妙な沈黙が流れた。


 その沈黙に耐えかねたアーネストが

「行こうか」

 と、提案すると、エフィも「はい」と小さな声で同意した。

 

 アーネストはエンジンを始動させると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

――やれやれだな。

 アーネストは思わずまた煙草に手を伸ばしかけて止めた。


 いろいろと前途は多難だ。

 アーネストは大きなため息をつくと、アクセルを踏み込んで車を加速させた。







 アーネストの車が発進して少したった後、近くに停車していた車がゆっくりと、そして確実に『走る貴婦人』の後を追い始めた。

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