遺産Ⅴ
タバサのその言葉に、アーネストは言葉を失った。
エフィも驚きでタバサを見つめるしかなかった。
ジョージ・ロックフォード。
この国でその名を知らない者はいない。
いや、西方諸国において、その名を知らぬものはまずいないだろう。
今からさかのぼること50年前の200日戦争の英雄にして、45年年前のグリアス戦争の敗北の責任をその一身に受けた男だ。
彼の戦功については学者の間で論争が絶えないが、ある一点において、論争されないことがある。
それこそが、彼の名を西方諸国に知らしめる真の原因である。
曰く、腕切りジョージ。
曰く、血塗れジョージ。
その名を聞いただけで、子供が震えあがって泣き出す程の恐怖の対象として知られている。
そんな物騒なあだ名がついたのは、グリアス戦争において、占領した地での市民からの貴金属宝石類の強奪は言うに及ばず、戦死者の金歯を顎ごと切り取ると言った方法で略奪の限りを尽くしたことからきている。
中でも、彼の悪名を不動のものにしたのが、グリアス戦争終結寸前にヴィンドライン国の新聞が報じた虐殺事件だ。
とある少数民族の村を占領したジョージは、成長祈願の金の腕輪をつける子供を一か所に集め、腕輪をとるために腕ごと切り落としたのだ。
なんとか子供を救おうとする親は容赦なく殺され、村民約300名の内、8割が死亡、生き残ったのは、老人と、両腕を切り落とされても、運よく命だけは助かった子供だけという惨状である。
このような蛮行を行ったジョージは敗戦後、当然戦犯として処刑されることとなるのだが、彼が集めたとされる宝石・貴金属の行方は遥として知れず、その行方を語らないまま、ジョージは獄死する。
そして、行方知れずの血塗られた膨大な財宝は、歴史の表舞台から姿を消した。
これが、ジョージ・ロックフォードの遺産といわれるものである。
この遺産を求め、幾多のトレジャーハンターがその行方を追ったが、たどり着いた者は未だ存在していない。
タバサはそれを見つけろと言っているのではない。
守れ。
そう言っているのだ。
「先生、あの……それはどういうことでしょうか?」
アーネストはタバサに訊いた。
タバサは目を細め笑うと、震える手で胸のペンダントを鎖から外し、エフィに差し出した。
それを受け取ろうとエフィが手を伸ばすと、かくりと急にタバサの腕から力が抜けた。
とっさにエフィがタバサの手をぎゅっと握って、
「先生!」
と、叫んだ。
だが、タバサはもう限界だった。
開いた瞳はエフィをとらえておらず、宙をさまよい、唇もかすかに震えるだけだ。
エフィが握っている手も血の気が体から失せているため、ひどく冷たい。
「先生!」
エフィが叫ぶように呼びかける。
「…………ごめんなさい。私の罪を……どうか……」
タバサの唇がかすかに動いた。
そして、タバサの残された最後の気力だろうか。
タバサは、
「トマス……神父に……」
と、言うと、息を引き取った。
「先生? タバサ先生!」
手を握りしめ、エフィは涙目で叫び続ける。
アーネストは、オイルライターに火をつけ、タバサの瞳にそれをかざして覗き込むと、エフィに向かって首を横に振った。
そして、そっと手のひらでタバサのまぶたを閉じると、
「行こう。ここも危険だ」
と、エフィに言った。
だが、エフィは首を横に振ると、
「先生を置いていけない」
と言って動こうとはしなかった。