遺産Ⅳ
その少女はアーネストの言葉にゆっくりと振り返ると、涙でぐしゃぐしゃになった顔でアーネストを見つめた。
アーネストはその少女の胸にあるペンダントに気が付くと、「君は……」と声をかけようとした。
だが、少女はその言葉を無視し、ぽつりとつぶやくように、
「貴様もか!」
と言うと、かっと目を見開いてアーネストを睨んだ。
「ぐっ!?」
アーネストはその瞳に体が一瞬すくんだ
アーネストは書物では知っていたものの、実物を見るのは初めてだった。
かつて闇夜の王といわれたエリアル族のみが持ちうる闇夜を見通し、見るものをすくませる狩人の瞳!
蒼光に光る魔の眼。
見たが最後と言われる魔性の瞳だ。
アーネストの動きが一瞬止まった隙に、少女はクロウと呼ばれる猛禽の爪のように湾曲した小型のナイフを首筋にむけて放っていた。
――まずい!
そう考えると同時にアーネストの左手が首筋に動いた。
かん、と金属にあたった音がして、クロウがはじかれる。
「!」
アーネストの反応に、少女は驚いた顔をみせたがそれは一瞬のことで、次の瞬間には、再びクロウを投げる動作に入っていた。
だが、それを許すアーネストではなかった。
アーネストは少女に飛び掛かって組み伏せると、自分のシャツの襟元を広げて、首にかけていたペンダントを少女に見せた。
「見ろ! 敵じゃない!」
「!」
それを見た瞬間、少女の抵抗の動きが止まった。
それと同じものが少女の胸にも光っている。
学園の生徒である証拠のペンダントだ。
本来卒業生は卒業と同時に学園に返還するものなのだが、この学園を中途で退学しているアーネストはいままでそれを持っていたのだ。
それが功を奏した。
「あなた……は?」
少女は驚きの表情のまま、アーネストに訊いた。
アーネスト・クレンデネン。この学園始まって以来の劣等生さ」
「アーネ……」
少女が何か言おうとしたとき、今まで横たわり無言だったタバサ校長が
「違うわ。アーネスト。あなたが臨める舞台がここにはなかっただけ」
と、言ってアーネストに笑いかけた。
だが、その言葉と笑い顔に生気は感じられない。
「校長先生!」
少女はアーネストを押しのけると、タバサの元に駆け寄ってぽたぽたと熱い涙を瞳から流し始めた。
「泣かないで、エフィ」
タバサは慈しむように少女――エフィの頭をなでると、アーネストに目配せをした。
語りたいことがある。
言葉がなくともその思いはアーネストに伝わった。
アーネストがタバサに歩み寄り、しゃがむと、タバサは笑った。
力ない笑いだ。
「アーネスト、エフィ、あなたたちにお願いがあるの。とても、大事なお願い」
「なんでも」
そう答えるエフィの肩はぶるぶると震え、言葉も涙でぐしゃぐしゃだ。
彼女もわかっているのだ。
最早、タバサの死は避けられない、と。
これがタバサの遺言なのだ、と。
タバサは「ありがとう」と言うと、エフィにやさしく微笑んで続けた。
「あなたたちに頼みたいのは、ジョージ・ロックフォードの遺産。それを守ってほしいの」