不穏Ⅲ
「アーネストさん」
トゥルモの街中を、首都パドスライにつながる街道沿いに車を走らせていると、エフィが険しい顔をして、話しかけた。
「どうした?」
「あまり変わった反応をしないで聞いてください。……尾行されています」
エフィのその言葉に、アーネストは特に驚いたそぶりは見せなかった。
「ああ、後ろの真っ赤な車だろ?」
「! 知っていたのですか?」
エフィは驚いてアーネストを見た。
アーネストはそのエフィに落ち着けと言うように人差し指を立て自分の唇に当てた。
「あ……」
エフィはバツの悪い顔をして正面を向くと、
「いつから知っていました?」
とアーネストに訊いた。
「今朝早く……かな」
「今朝ですか」
「ああ、今朝、気づいていないふりをしてちょっと車を離れてみたんだ。そうしたら案の定、奴ら車に近づいて様子を窺っていたな」
「……あの、もしかして寝ていた私をおとりにしました?」
エフィは口の端をひくつかせて言った。
しかし、アーネストは知らん顔で、
「まあね、まあ、おかしなそぶりを見せたらすぐに対応できるように、輪胴式拳銃で狙っていたが、万が一エフィが捕えられても何の問題もなかったろうさ。虎の檻に入って得意げになるあほうの方が気の毒と言うものだ」
と言って、笑った。
「私が虎だとでも?」
「暗闇の中で正確に一撃で急所を捉えられる位には獰猛だろ?」
アーネストの言葉にエフィはぐむっと言葉を詰まらせた。
あの夜、喉笛を狙い澄ましてクロウを投げたのは事実だ。
その事実を知っているアーネストに、かよわいという主張をするには無理がある。
エフィはコホンと咳払いをすると、
「で、あの人たちはなんなんです?」
とアーネストに訊いた。
だが、アーネストは、
「さてね、とりあえずヴィンドラインの人間じゃあない。リーダーらしい女は東部地域出身ぽくて、後二人の男はおそらく南部出身ぽいんだよな」
と言って、ハンドルを指でとんとん叩いた。
「なんで、出身地がわかるんですか?」
「唇読んだのさ」
「それだけで出身地がわかるんですか?」
エフィは目を丸くした。
「まあ、大まかな地域程度はってところだな。これでも長らく世界を旅して、いろんな地方の人間や、いろんな民族に接してきた。その副産物みたいなものだ」
と言ってから、アーネストは、
「ところで、タバコ吸ってい……」
と、言いかけたが、エフィの抗議の視線であきらめた。
「じゃあ、あの人たちの目的はわからないわけですか?」
「いや、目的はわかる。ジョージ・ロックフォードの遺産だ。さっきそう言っていた」
「!」
エフィは驚きでカッと目を見開いた。
「ちょ……それじゃあの人たちは校長の……」
「落ち着けって、多分違う。奴らはその件にはまるで関係ないだろうさ」
「どういうことです?」
エフィは鋭い視線でアーネストを見つめた。
「ジョージ・ロックフォードの遺産の話は有名だからな。それを追う者は少なからずいる。それがたまたま時期が重なっただけだろうな」
「なぜ、そう言い切れるんです?」
エフィはそう言って眉をひそめた。
「匂い……かな?」
「匂い?」
「そう、俺と同じ匂いがする」
「汗臭くて、ほこりっぽいんですか?」
「……」
「……」
車内に妙な沈黙が流れた。
「……もしかして、エフィなんかすごく怒ってる?」
アーネストは横目でエフィを見て言った。
「いえ、特に」
と言いながら、エフィはアーネストと視線を合わせようとせず、流れる景色を見て、
「トゥルモはなかなか栄えた街ですね」
と、いう言葉を続けた。
――なんてわざとらしい……思いっきり怒ってるじゃないか。
アーネストはそう思ったが、それは口には出さず、ため息をついた。
「匂いってのは、あれだ、同業者ぽいってことだ」
「根拠はあるんですか?」
エフィの言葉は相変わらず鋭い。
「いや、ない。だから『匂い』と言ったわけだが」
「それじゃ、もしも間違ってたら困るじゃないですか」
「間違っていたら……困る? 何が?」
アーネストはちらりとエフィを見た。
まだエフィは窓の外の流れる景色を眺めている。
「クロウでタイヤをバーストさせた挙句、関係ない人だったら困るじゃないですか」
「!」
アーネストは驚きでハンドル操作を間違いそうになり、あわてて元に戻した。
「もしかして……サイドミラーで後ろとの距離を確認してた?」
「はい。このくらいの距離ならば当てられますが、あまり栄えているところだと、関係ない人を巻き込むから、もうちょっと様子を見た方がいいかなと。どのみち尾行されて邪魔なんで、今のうちに排除しておいた方がいいですよね」
エフィのその言葉にアーネストは一瞬背筋が寒くなった。
さっきから既に攻撃の算段を模索していたとはまるで気が付かなかった。
そういえば、と、アーネストが思い出してみると、初対面の時もろくに確認もせずにクロウを投げつけてきた。
しかも即死の急所に。
緊急事態とはいえ、少しくらいの躊躇があってもよさそうなものだが、あのときそんなものは微塵もなかった。
女というものが総じてこうなのか、それともエフィだからか、いずれにしても危なっかしい。
そのまま車を走らせていると、街中を抜け、家々もまばらになり始めたところで、エフィはクロウを三本取り出した。
「いきます。そのまままっすぐを維持してください」
そう言うと、エフィは天井の帆布を外すと、シートに足をかけて、天井から上半身を乗り出した。
直後、右手を振りかぶって、クロウ三本を一度に背後を走る車めがけ投擲した。
そして、そのまま、飛び降りるようにシートに座ると、
「手ごたえありです。3、2、1、今!」
と言った。
エフィの「今」という言葉とほぼ同時に、後ろを走る赤い車がコントロールを失い左右にぶれだす。
命中だ。
「3分の1か、大した腕だ」
アーネストが感心したようにそう言うと、エフィは、「違いますよ」と、否定した。
「違う?」
「多分、ですが、3分の2です。そういう風に投げたんで」
「そういう風に投げたって……」
アーネストは目を凝らしてバックミラー越しに後ろを走っていた車の様子を見ると、車が大きく左に傾いている。
「まさか、……前後同時に狙ったのか?」
「はい、通常、車にはスペアタイヤが一つ積んであるものです。だから、もう一つパンクさせれば、大幅に時間が稼げるんじゃないかと思って」
驚くアーネストを尻目に、エフィはけろりと言ってのけた。