遺産
かん、かん、かん、と、
緊急事態を知らせる半鐘がガラの街に響き渡った。
その緊急事態とは火事だ。
消火の作業のために、次々と男が家から飛び出し、どこが火元かぐるりと見回した。
そして、東の方向を見て絶句した。
真夜中だというのに、東の空が煌々と赤い光に包まれている。
もうすでに炎が大きく成長している証だ。
「なんてこった」
男たちはことの重大さを認識すると、槌やのこぎりといった道具を手に火元に向かって走った。
火事の時に行う対処は二つ。
一つは水をかけることだが、ここまで育ってしまった炎に水はほとんど意味をなさない。
そこで行われるのが、二つ目の対処、破壊である。
今現在の消火を諦め、これから燃えそうなものを破壊して撤去するのだ。
家々からは男衆が次々と飛び出すように出てきては、赤い光に導かれるように東へと必死の形相で走って行く。
と、半鐘の音のリズムが突如変わった。
かん、かんと二度撃った後に、一拍おいて、一度、かん、と鳴らすようになったのだ。
その音の変化の意味するところは東風注意である。
西方向に火の手が伸びる可能性があるという警告だ。
各所から集まってきた男衆は、火事の火元までやってくると、息を飲んだ。
燃えているのは、西方諸国でも最古と呼ばれる木造の教会を増改築した聖アンドレアリアス学園だ。
六棟からなる巨大な木造の校舎全てから火の手が上がり、闇夜を赤く染め上げ、白煙を窓から吐き出していた。
かつては荘厳でありながら、温かみを感じさせる木造建築の傑作として、街の名所として名高かった建築物が、消えゆく。
その絶望は如何ばかりだろうか。
しかし、その絶望を気にしている余裕すらない深刻な事態がさらに眼前に迫っていた。
この学園の西は、古い下町的な街並みが残されている地域で、ひとたび学園から火が街に燃え移ったなら、どれほどの数の犠牲者と、どれほどの広さの建物が灰になるかは想像するだに恐ろしいものがある。
「手が空いてる男衆は、学園の西側の木を全て倒すのを手伝ってくれ!」
ガラの街の西区の旗を持った男が叫んだ。
西区長だ。
西区長の呼びかけに答え、次々と、男達は正門から入り、西へと走る。
そんな中、一人、西区長の元に駆け寄る男がいた。