117 〜ヴォイス〜 <後編>
もうすぐ春休みも終わる。
春休みが終われば新学期だ。
今年は桜の開花が早く、もう咲き始めていた。
始業式には満開を通り過ぎて散り始めているだろう。
あの男のことがあって以来、さくらに会いたい気持ちが抑えれなくなって、いつか張り裂けてしまいそうな、そんな気持ちで毎日を過ごしていた。
「翔太、何ぼんやりしとるかね。全く、毎晩居間でこそこそ、なんかしておって。夜更かしもいい加減にせないかんよ。」
母が僕に言った。
ばれてたのか。
流石、親だ。
「休みなんだから、いいだろ。」
ぶっきらぼうに僕は返事をした。
「いい加減にせんとね、お父さんに言って叱ってもらうからね。」
聞こえないフリをして僕はTVを見ていた。
そんな事言われたって、さくらと話すのは辞められなかった。
毎夜、117のダイヤルを回していた。
あと2日で春休みも終わる。
今日、思い切って、さくらに会いたいと言ってみよう。
あの男みたいに嫌われるだろうか。
それが、僕を迷わせていた。
もし、嫌われて話すことも出来なくなったら・・・。
その方が辛い気がした。
0時の時報が鳴ると僕はさくらを探した。
「もしもし。さくら、居る?」
「もしもし。居るよ。」
そんな言葉でいつも会話は始まった。
「そろそろ寝なきゃ。」
さくらが言う。
僕はどう言い出そうか心臓がバクバクし始めていた。
「さくら・・・。」
「何?」
「さくらと一緒に中央公園の桜を見に行きたい・・・な。」
さくらは黙っていた。
その沈黙が怖かった。
ほんの数秒が永遠のように感じた。
僕は瞬間冷凍されてしまったようにカチンと凍ってしまった。
「うん。いいよ。」
え?
え?え?
「いいの?」
「うん。」
あんまりにもあっさりしていたのであっけに取られてしまった。
「じゃ、じゃあ、明日、11時に中央公園の門の所でいいかな。」
「分かった。」
中央公園は家から自転車で15分。
僕は10時半に家を出る。
「翔太、お昼ご飯はいいの?」
母が後ろで聞いている。
「出店で何か食べるからいい。」
そう言って家を飛び出た。
中央公園の入り口の門に自転車を止めてもたれかかって僕はさくらを待った。
今、気づいたが、どうやってさくらを見つければいいのだ。
何も特徴や服装、目印、何も教えあってなかった。
声。
さくらの声を探しにいくしかない。
僕はそう思った。
11時。
門に女の子が3人待ち合わせをしているように門にぴったりとくっついていた。
どの子だろう・・・。
髪の長い、水色のスカートを履いた女の子はずっとうつむいていて顔が見えない。
ふっと一瞬顔を上げた時目が合った。
僕は声を掛けることにした。
一歩ずつ近づくにしたがい、僕の心臓の鼓動はスピーカーで全国放送されてしまっているんじゃないかと思いだんだん赤面していくのが分かった。
「あの・・・。さくらさん?」
「はい。」
ずっと今まで電話越しに聞こえた声と同じだった。
さくらも恥ずかしそうに頬をピンク色に染めて桜の花びらみたいだった。
あれから20年。
僕の隣にはあの頃の面影を残した綾子がいる。
僕達は二十歳でちょっと早めの結婚をし、息子は16歳になっている。
娘は14歳だ。
2人ともパソコンにへばり付いてチャットに夢中なのだそうだ。
そんな子供達を危うく感じつつも、その姿は20年前の16歳の私と重なって見えている。
私と綾子は毎日、子供達を目を細めて微笑み見つめている。
多分、綾子も昔の自分の姿を見ているようだと思っているのだと思う。
<終わり>
完結です。
実際にこんな事もあったかもしれません。
20年くらい前は本当に時報にかけると他人と話せた時期があったそうです。
感想いただけるとうれしいです。