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きーどあいらっく!  作者: 倉石さん
3/12

第一幕 第二章 『怒』

この物語はフィクションです。

以下略

男の叫び声を数えて三つ目、それが自分とリンを追ってきていた人数と一致する。

「リン、そろそろお家に帰る時間だ。」

「えー、リンまだお星様見てたいのに……。」

 さっきまで追われていたとは思えない言い草に若干呆れる。

「ふむ……知ってるか?こんな話がある、星も恋も人生も、飽きる一歩手前が丁度いい。腹八分目とも言うがな。」

「リン難しい事よくわかんない……けど、お兄ちゃん言っててはずかしくならない?」

純粋な顔をして痛い所を付いてくる子だ。

だが残念ながら恥ずかしいと感じる感情など文字通り持ち合わせてはいない。

「でもお兄ちゃんが言うならリンそうする!」

そういって軽い腰を上げ、笑顔で此方に向き直るリン。

どうやら星を眺めている内に機嫌は直ったようだ。

それとも元より拗ねた振りをしてみたかっただけなのか。

小走りで足元にかけ寄るリンの服に付いた埃を払ってやって、頭を撫でてやる。

すると子猫の様に目を細め、もっともっとと言わんばかりに頭を差し出してくる。

「んふふっー、リンお兄ちゃんになでなででされるの大好きっ。」

ふむ、世の大きいお友達を敵に回しそうだ。

「良い子だ。」

とだけ声をかけて、その小さな手を取る。

「でも……さっきの怖い人達は……?」

「心配するな、もう多分動ける状態じゃない、と思う。」

「おぉー……!お兄ちゃんかっこいい……!すぱいみたい!」

「スパイか……。」

スパイという言葉に感じる違和感は恐らく今日試してみた実験のソース元となったとある文献が原因だろう。

色々と小道具を詰め込んだセカンドバックから一冊の図書を取り出す。


初心者のためのブービートラップ!!

~これで貴方も良く訓練されたベトコンに~

 

 千ページを越える分厚いハードカバーに巻かれたオビには、

―――あのベトナム戦争を生き延びた鬼畜軍曹ウィリアム氏が、ついにその血塗られた禁呪をいた!?

などと、現代の若者向けらしくポップ体を黄色く縁取った文字で売り文句が謳われている。

流石、出版する図書の悪趣味さとその法律すれすれの内容で一時期ネットで話題となった幽閉社が手掛けているだけある。

手が後ろに回らない程度に、これまで通り一部過ぎる需要の為に頑張って頂きたいものだ。

テロの手引き、爆弾の鋳造法を記した事で有名な某図書を禁書としたのに、これを禁書にしない理由がまったく理解できないが、こちらとしては愛読者としての位置に甘んじさせて頂く限りである。

リンの手を引いて既に暗くなった校舎の階段をゆっくりと降りる。

まだ年端もいかないリンの手を引いている事も理由の一つではあるが、それ以上に彼らが応援を呼んでいる可能性も考えられる。

まぁガキ二人追うのに応援を呼ぶ、という彼らの自尊心を傷つけるような行為に、はたして及ぶのかどうかは甚だ疑問ではあるが、石橋を叩いて壊し川を泳いで渡るくらいの気構えを持てとウィリアム氏も言っている。

頭の中には良く知った学園校舎内の見取り図、出口までのルート、および待ち伏せが可能であろうポジションが鮮明に浮かんでいる。

各所ポイントでは、リンを少し待たせ、クリアリングを済ませる。

校舎四階の上に位置する屋上から、一階まで階段を下り、正面玄関までのルートを思い浮かべる。

途中には職員室があり、職員室には宿直室があったはずだ。

この学校の深夜の警備態勢は基本、教員が一人。

屋上に居て聞こえた断末魔が聞こえていないはずはないが、教員が見回りをしている様子も無ければ警察のサイレンが聞こえてくるわけでもない。

若干嫌な予感がする。

可能性は二つ。

教職というのはハードな仕事だ。

深夜二時ともなれば教員は眠っているだろうし、断末魔で起きるかどうかはどちらとも言えない。

このパターンならいい。

ただもう一つの可能性、先ほどの断末魔の一つが教員の物である場合だ。

つまり一人はまだ行動可能な状態にある場合。

この場合であるなら仲間二人が墜ちた時点で応援を呼ばれていると考えた方が無難だ。

常に最悪の事態を想定して動くならばそう考えて行動するべきだろう。

つまり、ゆっくりはしていられない。

実際に対面しての争いは可能な限りは避けたい。

四階から一階まで下りる過程では今のところ足音を聞いた覚えはない。

恐らくは外か。

この学校は敷地内に表門と裏門の二つ出口が存在する。

それ以外は割と高い塀で囲われており、一人でならともかくリンを連れて出口以外から敷地外へ抜け出すのは難しい。

表門か裏門か。

予測するヒントは残念ながら思いつかない。

「ふむ、リン、表と裏どっちが好きだ?」

リンが急な問いかけにキョトンとした表情を見せるが、此方が多少焦っている事を感じ取ったのだろう、

「表!」

と、恐らくは直感的にだろう、そう答える。

頭の良い子で助かる。

俺は笑顔でこう返した。

「わかった、じゃあ裏門から出よう。」

と。

リンが多少驚いた顔をするが、恐らくは考えがあっての事なのだろうと、察してくれたのか、頷いて再び俺の手を取る。

あの女は、リンが俺を敵の元へ導くと言っていた。

つまりリンが望む方向へ進めば敵と鉢合わせする可能性が高いと言える。

まぁ、あくまで可能性。

本当にそのようなロジックがこの限定的状況で働くかどうかはわからない。

敢えて言うならジンクスみたいなものだ。

そのまま一階廊下を走るのは足音を立てる意味でも避けたかったため、階段を下りて直ぐの教室に入り、窓から校舎の裏側へと出る。

すると少し先にはもう街灯に照らされた裏門が見える。

ジンクスもたまには頼りになるものだ。

裏門には居ない。

リンの手を引いたまま目前の出口へと走る。

裏門から出てしまえばこの辺りは入り組んだ市街地だ、地の利は此方にあるし、何より隠れる場所もいくらでもある。


―――そう思い、気が緩んだ瞬間だった。


裏門に到達するまであと少しという所で、足元に違和感を感じる。

「ふむ……。」

無感情にそう零す。

夜中では判別の付きにくい細い糸。

そこから遠く結ばれた乾いた数枚の木の札が上手く茂みの中に隠されている。

恐らくは校舎裏のゴミ捨て場に投棄してあった木材を利用したのだろう。

多少ドロに汚れたそれは糸の振動を敏感に感じ取ってカラカラとやけに甲高い音を立てる。

車通りのある昼間ならいざ知らず、夜の住宅街に囲まれた校舎敷地で、音は当然大きく響き渡る。

反射的にリンの手を離してそのまま抱き抱え、全力で残りの裏門までの道を走る。

腕に抱き抱えられ、急な事態に驚いた様子のリンを気遣っている暇はない。

追手が三人共、一度俺達の後を追ってそのまま校舎の中に入る所までは確認している。

これを仕掛けたのは入った時ではない、これは可能性として中に入ってから、外に一人、見張りを出したと考えるべきだろう。

また鳴子を仕掛けるのならば音が鳴ってから獲物が逃げだす前に捕まえる事が出来る位置に見張りがいる事を示す。

誤って罠にかけてしまった事が確定した教員に心の中で謝罪する前に、見張りに見つかるより早く裏門から出られる事を祈って全力で走るのだが、どうやらそこまで甘くはなかった。

後門に辿りついた瞬間、ヒュッっという風切り音と共に、石造りであるはずの壁にナイフが刺さる。

それは狙い澄ましたように足を止めた俺の頭部の進行方向に突き刺さっていた。

「お疲れさん。逃避行(バカンス)はそこまでだぜ色男(ロメオ)。」

多少だが、驚いた。

どんな厳ついオヤジが出てくるか。

そう思っていたが、背後から聞こえてくるのは高く澄んだ女の声だ。

ひとまずは抱えていたリンを下ろす。

声の方向へ向き直り、同時にリンを自らの背後に隠す。

「投げたナイフが石壁に突き刺さるような怪力女に色男呼ばわりされるなんてな。良い男なのも考え物だ。まぁ生憎売約済みなんだ、俺の事は諦めてくれえ。」

無表情にそう返した俺はちらりと背後のリンを見る。

その表情からはハッキリとした怯えが見てとれた。

そして改めて、正面に立つ女を一瞥し、その意外な外見にまた驚く。

若い。

黒いパンツ、黒いタートルネックのセーター、黒いジャケット、黒いニット帽、見えるのは顔立ちと体付きくらいだが、察するに、俺とさほど変わらない歳だ。

顔つきも凛々しく整っており、美人と形容するに何の問題もない。

だが、目つきだけは頂けなかった。

「その目、まるで屍肉をあさるハイエナの……。」

そこまで口にすると足元にもう一本ナイフが刺さっていた。

どうやら気は短いタイプのようだ。

「口に気を付けた方がいいぜ。せっかくの色男だ、あたしのナイフがまかりまちがってあんたのナニを切り落としちまったら、この先の人生で抱く予定だった売女が泣くぜ?」

「ふむ、美人は嫌いじゃないが、口汚いのはごめんだな、シモネタは程度が重要だ。」

そう強がってはみるが、若干俺は焦っていた。


―――投擲の動作が目で追えない。


明りが極端に少ない状況というのもあるだろうが、それにしても早い。

女のベルトに括りつけられていた三本の投擲用のナイフが二本に減っているのに、足元で音が立つまで気付けなかった。

 「まぁいい、長話はあんまり好きじゃなくてね。後ろで大事に隠してるジュリエットをこっちに寄こしな。そうしたらあんたの命だけは助けてやる。」

ここまでテンプレ、なんてな。

「口調に似合わず随分とロマンチックな例えを使うんだな、色男(ロメオ)に免じてここは見逃してみるのも、歌劇(オペラ)としては悪くない展開だと思うんだが。」

「はっ、残念だね。あたしはオペラには興味が無いんだ。それがペド野郎の自慰劇(オナニー)ならなおさらね。」

口調がだんだんと強くなっている辺り、大分いらついてきているのだろう。

「気が短い女だな。良い女は男を三年待ってもまだ待ち続けるくらいの堪え性があるものだぞ。」

じりじりと満ち潮のようにせり上がる女の怒りを察してさらに追い打ちをかける。

「けっ……せっかくの二枚目も、舌が三枚あっちゃ台無しだね。いいからさっさとそのチビをよこしな、じゃないと自分の切り離されたナニ咥えて夜泣きする事になるよ、ファッキンベイビー。」

―――そろそろだな。

静かに会話を聞いていたリンを少し見て、軽く両目を瞑る。

それだけで理解してくれたようで、コクリと頷くリン。

「あーあー余裕だな、ペド糞野郎。あたしと話してる最中に御姫様と内緒話かい?」

「これは失礼、うちの御姫様はヤキモチ焼きでな、他の女と喋っててもたまに甘い言葉を掛けてやらないとヘソをまげてしまうのだよ。まぁその拗ねた姿がまた可愛……」

「そうかい。死にな、ファッキンペド野郎。」

怒気を孕んだ声が一転して凍てつく。


―――来る、狙いは……頭部。


そう確信(・・)し、予備動作を極力短くして首から上を左に逸らす。

その瞬間、目で捉えきれない動作で投擲されたナイフが頬を掠めた。

右頬に多少の熱を感じると同時に背中を冷たい物が伝う感覚。

だが確実に一投目は避わした。

「あたしのナイフを避けやがっただと!糞!ファック!」

随分とご立腹のようだが、その動揺を待っていた。

リンに話しかけた際、体を捻り気付かれない様にポケットから出した二つの物。

その片方を、俺は顔を逸らすと同時に投げつけていた。

「ちっ!」

叱咤を漏らす女。

暗闇で飛来する物体が何なのか見分けるのは非常に難しい。

つまり相手はそれを避けざるを得ない。

それが例え、当たってどうなるわけでもない小石だったとしてもだ。

そして避けざるを得ないという事はつまり、飛来する物体を視覚に捉えていなければならない。

俺は小石を投げると矢継ぎ早にもう一つ、握っていた物体を足元に叩きつけた。

物体は衝撃に反応し、一瞬の強烈な光を発する。

暗闇で少しでも多くの光を得るために開ききった瞳孔を通った強烈な光は、相手が人である以上、その視覚を一定時間奪う。

マグネシウムの粉末を利用し、癇癪玉の原理を応用したウィリアム先生特製の簡易フラッシュグレネードだ。

サイズが非常に小さい為、夜にしか効果がない、効果範囲が狭い、効果時間が短い、等の制約はある。

音響も出ないため本物のそれと違い相手の意識を奪う事も出来ない。

だが一定時間視覚を奪う事さえ出来ればあとは逃げるのみだ。

瞑った瞼を開き、リンを抱き抱えて校門から即座に飛び出す。

背後では女が罵詈雑言を吐き続けているが、そんな事はおかまいなし、一目散に俺は逃げだした。


「お兄ちゃん、やっぱり、すごい!ほんとに、スパイみたいだった!」

抱き抱えられたリンが興奮した様子で目を輝かせている。

「ああ、スパイかどうかは置いておくがな。あとあまり喋ると舌を噛むぞ。」

走りながらそう答える。

だがリンの興奮は中々冷めない様で、抱き抱えられたまま、俺の首に両手を回してぎゅーっと抱きつく。

「リン、抱きつくのは良いが前が見えない。」

「あっ、ごめんなさい……。あれ?お兄ちゃん、背中濡れてるよ……?」

「あぁ、リンを抱えて走ってたらちょっと汗がな。」

「え……でも……、汗よりなんかぬるぬるしてて……鉄臭い……。」

ふむ、どうやら気付かれてしまったようだ。

「嘘……でしょ……?お兄ちゃん、これ……血……?」

肩に触れたリンの手は俺の血液で真っ赤に染まる。

「ああ、あの女、見えない状態で音だけ頼りに投げたみたいでな、肩に刺さった。」

淡々と、そう答える

リンが触って手を切ってはいけないと思い、走っている最中にわざわざ引っこ抜いたのがまずかったらしい。

傷口がパックリと開いて止めどなく血液が流れだしている。。

「嘘……やだっ!!おろしてっ!お兄ちゃん!!このまま走ってたら死んじゃう!」

「といってもな、あいつが何処まで追いかけてくるか分からん以上は足を止めるわけにもいかない。それにこれくらいじゃそうそう死なん。」

そういいつつも若干足がふらついてくるのを感じる。

ふむ、このままではリンを落としてしまうかもしれない。

住宅街の小枝の様に分岐する裏道の一つに入った所で一度足を止め、リンを地面にゆっくりと下ろした。

走っていたので全く気付かなかったがリンは今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「どうしたリン、可愛い顔が台無しだぞ。」

余裕ぶってはいるが、血を流し過ぎたらしい。

足を止めた瞬間、アドレナリンが減少し始め肩の激痛が増す。

足元がおぼつかない。

リンを心配させまいと、わざとらしく一休み、と自ら座る様に見せつつ、崩れ落ちるように冷たい壁に体を任せる。

まずい、目眩がしてきた。

耐えきれなくったのか、リンが泣き顔で何か叫んでいるようだが、どうにも何を言っているかよくわからん。


―――朦朧とした中で最後にみた光景は、懐中電灯の光と、誰のものか分からない人影だった。


俺はそれがあの女かもしれないと考えたのだろう、無意識にリンを庇う様に抱きよせ、そこで意識を途切れさせた。


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