天涯孤独の少女は召喚された
朝野有希は天涯孤独の身の上になった。
「父親が行方不明で今度は母親が亡くなるなんて……」
「行方不明じゃなくて。神隠しですよ」
「親戚も残っていないそうで……」
「幸い遺産はしっかりあったようだけど……」
読経が響き渡るはずの空間でひそひそと交わされる会話を有希はずっと聞いていた。
有希は父親の顔を覚えていない。
最後に見たのは幼児園の運動会。親子競争で一緒に走って参加証のメダルを貰った瞬間。目の前から消えていった。
近くにいた人たちが悲鳴をあげて、目の前で消えたのを見ていなかった人たちは目の前で消えたという証言を信じないでトイレに行っているのではないか。案外、暑かったからコンビニに飲み物でも買いに行ったのかと保護者席の方々が探してくれていたが、どこにもおらず、父が座っていた場所に荷物だけ残されていた。
失踪届を出したが、手掛かり一つ掴めずに失踪して死亡届を出せる年月になったが帰ってきてくれるはずだと母子で待ち続けて………。
だけど、願いは叶わない。
女手一つで育ててくれた母が心労で倒れてそのまま帰らぬ人になった。
葬儀が終わり、誰もいない自宅で何をすればいいのか分からずに椅子に力なく腰を下ろす。
神隠しで消えた父。
父を待って、女手一つで育ててくれた母。
「神隠し……神が本当にいるなら殴りたい」
事故とかで亡くなったなら怒りの矛先を持っていける場所があって、時間が癒してくれたかもしれない痛みでも、目の前で原因の分からない行方不明。
正しく神隠しとしか言えない状況での行方不明。
生きているのか死んでいるのか分からない状況でどこに怒りを持っていけばいいのか分からない。
もし、目の前に元凶が現れたら殴りたい。そんな想いしか浮かばなかった。
………………この後の展開だけは神に感謝してもいいかも。いや、プラマイゼロかと冷静に思ったのは足元が光り……父親が消える寸前の光景と同じことが自分の身に起きたからだった。
「やっと成功したわね。ホント使えない」
「もう、申し訳……ですが……」
「口答えするつもりっ!!」
ごんっ
声が聞こえる。
罵る女性と必死に謝罪して、言い訳をしようとする声。だけど、言い訳をしようとした声が遮られて、暴力を振るわれた音がしたと思ったら、何か生暖かいものが顔に掛かった。
「お。お許しをっ!!」
「慈悲を請う相手を間違えているわよ」
しばらく聞こえる悲鳴。それが怖くて、目を開けてはいけないと必死に意識がないふりをする。
今がどんな状態か分からない。だけど、自分が危険な状態に置かれているのは確かだからこそ、今は落ち着いて情報を得ることが先決だと判断した。
「いつ起きるんですかね。この聖女は」
「本当にそうね。でも、名前を聞きだすまで、聖女を丁重に扱いなさい」
「分かってますよ」
日本語ではないが、理解できる言語。だけど、ある言葉になると二重に聞こえた。
奴隷と聖女。
全く異なる言語なのに二重に聞こえる。
もっと何か、情報を……。
声の主らに起きているのを気付かれないような方法で情報を仕入れる方法が無いか……。
聖女という特殊な立場だからか、今更ながら殴りたいと思った神が有希の存在を思い出したのか。
有希の祈りと言うか願いに応えるように【その存在】の声を届けた。
声が届いた瞬間。冷静さを保とうとしたが冷静さを見失って、爆発するような魔力と呼ばれる物を発現させた。
「おお。聖女目覚めたか」
「お待ちしていました」
大勢の死体が転がっている空間。
有希の顔に掛かっている生暖かいものがその死体から飛んできた血だったと気付く。
そんな空間の中で笑って迎えてくれる豪華な恰好をしている女性と子供がなんと胡散臭く感じるものだろうか。
女性と子供が綺麗ごとや遠回しな言葉でこちらの思考が追い付かない隙に洗脳するように告げてくる言葉は、まあ、いかにもな話。
自分たちの生活を守る存在を召喚したと。
無事に、自分たちの贅沢な日々を守ったら褒美に王子と結婚させようと。
「その……危機は……いつから……」
「実は昔から……」
「なんで今更……召還を……」
聞きたい言葉がある。視界の端に見える物をあえて見ないように気を付けて、怒りを必死に抑え込んで。
「召喚は、魔術師数十人の命と引き換えに行えるもので、前回召還した勇者は世界の危機を救えずに……」
「その前回は……?」
まだだ。まだ耐えないと。
視界の端に見える玩具の金メダルのことを悟られてはいけない。
「ええ。およそ10年前で」
10年前。それは、父親が行方不明になった時。
視界の端に見えているのは行方不明になる直前に父親と一緒に親子競争に参加してもらった景品。それが、赤茶色に染まって転がっている。
「で、聖女さま。貴方さまの名前は」
――名前を名乗った瞬間に我々は奴隷として奴らの道具になり下がったんだ
声が叫ぶ。
「――お前たちに名乗る名前なんてないっ!!」
叫ぶと同時に手の中に歴代の勇者の武器が出現する。
歴代の聖女と呼ばれた存在の力が防具になる。
人を殺すことに抵抗はなかった。不思議と。
必死に女性と子供を守ろうとする騎士たちを次々と屠る武器は、その時その時に最適解の武器に変化して使い方も殺された勇者が教えてくれる。
攻撃をして来ようとする輩もいるが、利用された聖女たちの祈りが攻撃を無効化してくれる。
彼ら。彼女らが教えてくれる。
かつてこの世界に召喚された。
世界を救ってくれと言われて名前を名乗った瞬間。奴隷にされて、王族の贅沢のための戦闘兵器になって、やがて心身ともに壊れかかると使えないと判断されて殺される。
そうやって、
「お父さんも殺した……」
もう思い出せなくなっていた父親の顔。
あの神隠しはこいつらによって召喚と言う形で誘拐されていた事実。そして、父はこの王族に反乱を起こした民を殺すための虐殺兵器として扱われて、必死の抵抗で反乱軍のリーダーを逃がした。
そして、殺された。
「よくも……」
――召喚は防げなかった。
――でも、召喚システムならいじれた。
――我らの声が届くように。
――名乗りをする前に情報を届けれるように。
『『『『『『『本当は防ぎたかった』』』』』』』
ぜぇぜぇぜぇ
呼吸が乱れる。
この場で生きている者は有希一人。
「待っていたんだよ……お母さんと二人で、帰ってきてくれるのを……」
形見になってしまった玩具のメダルを掴む。
「お父さん……」
呼びかけると傍にいる勇者の一人の霊がそっと近づいて触れようとする……だけど、すり抜けてしまう。
――帰れなくてすまない……
記憶の中よりも老いてしまったのか心が壊れてしまったからだろうか。それだけ過酷な日々だったのだろう。
「……………」
謝られても悪いのは父親ではない。それを理解している。悪いのは……。
「勇者とか聖女とか勝手な物を押し付けられて……利用されて……」
母親が亡くなって、何をすればいいのか分からなかった。ただ、父親を奪った神を殴りたかった。だけど、奪ったのは神ではなく、人間の欲望。
ならば。
「なら、私は復讐する権利はあるよね」
復讐は何も生まないと綺麗ごとを言う輩がいるかもしれないが、今の自分のしたいことはそれだけだった。
当初は父親が王配になっている(望まない形で)ENDで異母兄弟と結婚させられそうになる展開にしようかと思ったが止めた。




