出会い
(そういえば、マリエルと出会ったのは去年、第四学年の時だったわね)
ふと、セシルはマリエルと出会った時のことを思い出した。
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時は一年前に遡る。
ラ・レーヌ学園の、人気のない中庭で、セシルは一人で刺繍をしていた。
そこはセシルが見つけた一人になれる場所なのである。
セシルはこの日の刺繍の課題と、趣味用のハンカチに可愛い刺繍をこっそりと施すことにしたのだ。
(誰もいないから、とことん可愛い刺繍が出来るわね)
セシルはウキウキとしながら無地のハンカチにピンク色の小花柄の刺繍を施す。
しばらくするとふわりと風が吹き、セシルの目の前に誰かのハンカチが飛んで来た。
ピンクを基調とし、うさぎと花が刺繍された可愛らしいハンカチである。
(わあ……! 可愛いわ……!)
セシルは手に取り、うっとりと表情を綻ばせていた。
「あの……!」
その時、セシルの目の前に人が現れた。
ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪に、くりっとして大きなアメジストの目。
急いで来たらしく息は少し上がっており、白磁のきめ細やかな肌は上気していた。
小柄で華奢で、小動物や人形を彷彿とさせる令嬢である。
それがマリエルであった。
「もしかして、貴女のハンカチ?」
セシルがそう聞くと、マリエルはコクリと頷く。
「はい。お手数おかけして申し訳ございません」
上目遣いで、アメジストの目を潤ませている。
その仕草もまた可愛らしいと思うセシルである。
セシルはフッと笑い、ハンカチを丁寧に畳んでマリエルに渡す。
「はい、どうぞ。可愛らしいハンカチね」
「ありがとうございます」
マリエルはホッとしたようにセシルからハンカチを受け取った。
「申し遅れました。私はフォワ伯爵家長女、マリエル・クレマンス・ド・フォワでございます。第四学年です」
「ヴァランティノワ公爵家長女、セシル・ロマーヌ・ド・ヴァランティノワよ。学年も貴女と同じよ」
マリエルから自己紹介されたのでセシルも自己紹介をした。
その時、マリエルの視線がセシルが刺繍をしていたハンカチに移ったことに気付く。
(あ……!)
ラ・レーヌ学園では軍服姿で、可愛いものとは縁がないようにしているセシル。
『まあ、セシル様。貴女に可愛らしいものなんて全っ然似合いませんわ。そのドレスも髪飾りも、貴女が身に着けたら変ですもの』
子供の頃に言われた言葉がまた蘇る。
自信が可愛い刺繍を施している姿など、似合うわけがない。
セシルは咄嗟に刺繍を隠した。
しかし、マリエルは何も言わない。
「セシル様、お取り込み中のところ大変失礼いたしました。ハンカチ、拾っていただきありがとうございます。それでは私はこれで」
マリエルはニコリと笑い、その場を立ち去ろうとしていた。
「マリエル様、待って」
セシルは思わずマリエルを引き留めていた。
「セシル様、どうかなさいましたか?」
マリエルはきょとんと小首を傾げている。
その仕草は小動物めいていた。
「あの、私が花の刺繍をしていたこと、誰にも言わないで欲しいの」
学園で自分が可愛い刺繍をしている噂が広まれば、きっとまた似合わないと言われてしまうだろう。
セシルはそれが怖かった。
「承知いたしました。ですが、素敵な刺繍だと思いますよ」
マリエルは不思議そうにアメジストの目を丸くしている。
「よく考えてみて。こんな姿の私に可愛いものなんて、似合わないでしょう?」
セシルは自嘲した。
自嘲というより、自己防衛に近い。
どうせ似合わないことは分かっている。だから、先に自分で言ってしまったのだ。
「……でも、お好きなのですよね?」
マリエルは相変わらず不思議そうにアメジストの目を丸くしている。
「……それは……まあ、そうね」
セシルは苦笑して首を縦に振った。
「ならば良いのではございませんか? 似合う、似合わないで決めるのも良いと思いますが、好きかどうかで決めたほうが絶対に楽しいです。それに、私は、似合わないなんて思いません」
マリエルはアメジストの目を真っ直ぐセシルに向けて微笑んでいた。
その表情は、どこか力強かった。
セシルの心が、ほんの少しだけ溶けたような気がした。
それ以降、セシルはマリエルと仲良くなり、ヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷に招いて二人だけの手芸サロンを開く中になったのである。
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(マリエルのお陰で、私は少し救われたのよね)
セシルの表情は少しだけ和らいでいた。
(とにかく、また明日、学園で学ぶべきことがあるわ)
ふうっと息を吐き、切り替えるセシルであった。
そして翌日の放課後。
セシルはいつも通り訓練場へ向かった。
すると、出入り口に先客がいた。
「あ……!」
セシルはその者に見覚えがあった。
柔らかな黒褐色の髪に、甘く優しげなアンバーの目。穏やかかつ整った甘めの顔立ち。
どこか犬を彷彿とさせる雰囲気の令息である。
セシルのハンカチを拾った者なのだ。
その令息はセシルを見ると、ニコリと穏やかに微笑み近づいて来た。
そして、菫の刺繍が施されたハンカチを取り出す。
「やはりこのハンカチは、貴女のですね」
優しげなアンバーの目が、セシルに向けられている。
「……いいえ」
セシルはサファイアの目をそらしながら首を横に振った。
「いえ、やはり僕は貴女のだと思います。直感がそう言っていますから」
「違うわ」
セシルは頑なに首を横に振る。
「……そうですか。とても可愛らしいハンカチですし、それなら僕がいただいても良いですね」
「それは……!」
セシルは思わず声が大きくなる。
せっかく気に入ったハンカチを取られてしまうと焦ったのだ。
令息は肩をすくめて申し訳なさそうな表情になる。
「少し意地悪をしてしまい申し訳ございません。貴女にお返しします」
菫の刺繍が施されたハンカチは、丁寧に畳まれていた。
セシルは若干頬を赤く染めながらハンカチを受け取った。
「……私がこのハンカチを持っていること、誰にも言わないでちょうだい」
セシルは令息から目をそらしていた。
「それは構いませんが……隠すようなことなのですか?」
令息は不思議そうにきょとんとしている。
「私みたいなのが、こんな可愛いハンカチを持っているなんて、似合わないもの」
セシルは自嘲した。
いくら好きでも、似合わないのは分かっているのだ。
「素敵だと思いますけれど」
令息のアンバーの目は、真っ直ぐセシルに向けられていた。彼は更に話を続ける。
「それに、その菫の刺繍、貴女が施したのですよね?」
少し気まずそうにセシルは頷く。
「……ええ、そうよ」
すると令息はアンバーの目をキラキラと輝かせる。
「可愛らしくて素敵ですね! 僕にも教えていただきたいくらいです! 実は僕、ハンカチに刺繍をしたりぬいぐるみを作ったりして、妹達や姪によくプレゼントをするんです」
「まあ……! 貴方が……!」
セシルはサファイアの目をハッと見開いた。
(刺繍などの手芸をする男性……。珍しいわね。でも、そういう方もいるわよね。手芸が女性の領分だと決まっているわけではないのだし)
セシルはまじまじと令息を見ていた。
「あ、申し遅れました。僕は第五学年のセヴィニエ侯爵家次男、レイモン・アモリ・ド・セヴィニエと申します」
「ヴァランティノワ公爵家長女、セシル・ロマーヌ・ド・ヴァランティノワよ。学年も貴方と同じ」
令息――レイモンから自己紹介されたので、セシルも自己紹介をした。
「レイモン様は、ぬいぐるみも作るの……?」
セシルは恐る恐るといった感じで聞いてみた。
するとレイモンは笑顔で頷く。
「はい。動物のぬいぐるみだったり、編みぐるみも作ったりしますよ。妹達や兄の娘、まあ姪なのですが、彼女達が喜んでくれます。それに、作っていて楽しいですし」
レイモンのアンバーの目は生き生きとしており、楽しそうである。
(そうよね……。私も手芸で可愛いものを作っていて、純粋に楽しかったわ)
忘れかけていた気持ちを思い出したセシル。
少しだけ、視界が明るくなったような気がした。
「私も、ぬいぐるみや編みぐるみを作るわ」
「本当ですか!? では今度一緒に作りましょう! セシル様は素敵な刺繍をするのだし、ぬいぐるみや編みぐるみもきっと可愛らしいものをお作りになるのでしょうね!」
パアッと表情を明るくするレイモン。
ないはずの尻尾をブンブンと振っているようである。
(何だか犬みたいな方ね)
セシルは思わずクスッと笑っていた。
レイモンとの出会いにより、セシルの心には暖かくて柔らかな風が吹いたようだった。
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